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私の読む「源氏物語」 ー7-

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 長い夜が明けるのか遠くで一番鶏の鳴き声が聞こえてくる、源氏は一夜緊張し続けた身体が少しほぐれる気持ちがした、気持ちが落ち着くと次第に昨日からのことを振り返ってみる気持ちになった、
「どうしてこんな危険を冒してまで、このような辛い目に遭わなければならないのだろう。私のしたことは、大それた、してはならない、よこしまの恋、その報復として、このような、後々の世まで語り草となってしまう、こんなことが起こったのだろう。隠していて、実際に起こってしまった事は隠しきれず、帝のお耳にも入るだろう。そうしてこのことが広がって、世の人がいろいろと推量し噂するだろう、悪たれの京童べの噂にもなりるだろう。そうしてあげくのはて、馬鹿者源氏の太評判都一杯に広がるだろうなあ」
 と、何かと悪い方向へと考え続けた。

 やっと、惟光朝臣がやってきた。夜中、早朝の区別なく、御意のままに従う者が、今夜に限って控えていなくて、呼び出しまで遅れて参ったのを、腹の立つやつと思うのだが、惟光を呼んで、さて告げることは、内容が惟光に言ってもどうしようもないことなので、すぐには言葉をかけない。女房の右近は、惟光大夫が参上すると、源氏に抱かれたまま事の初めからのことが、つい思い出されて泣きだすと、源氏も我慢ができず、自分一人震える右近を気丈夫に抱いていたのであるが、惟光が目の前に現れてほっとしたのか、悲しい気持ちにしばらくは、まことに大変にとめどもなく涙を流した。

 やっと気持ちを落ち着けて、惟光に、
「ここで、まことに奇妙な事件が起こったが、驚くと言ってもほかに言いようのないい大事である。このような危急のことには、誦経などをすると言うので、その手配をするようにしてくれ。願文なども起草しなければと思って、兄の阿闍梨に来るようにと、言ってやったのだが」
 と源氏は惟光に言う、
「兄の阿闍梨は、昨日、帰山してしまいました。それにしても、まことに奇妙なことでございますね。以前から、常とは違ってご気分のすぐれないことでもございましたのでしょうか」
「そのようなこともなかった」
 と言って、源氏は涙を流す様子、とても優美でいたわしく、前にいる夕顔の女のお付きの女、惟光もおいおいと泣いた。
 歳も年配の人、世の中の色々のことを経験を積んでよく知っている人は、非常の時にはそれ相当に頼もしい存在として役にたつことであるが、ここにいる若者同士で、どうこの大事の始末を付けるのか考えられない。
 惟光は
 「この院の管理人に相談することは、まことに不都合なことになるでしょう。この管理人一人は口の堅い男でも、自然と口をすべらしてしまう身内も中にはいることでしょう。まずは、このまま何事もなかったようにして院をお出なさいまし」
 と言う。聞いて源氏は、
「ところで、ここより人目の付かない所がどこかにあろうか」
「なるほど、そうでございますね。あの女の元の家へ戻れば、女房などが、ますます悲しみに耐えられず、泣き取り乱すでしょうし、隣家が多く、見咎める住人も多くございましょうから、自然と噂が立ちましょう。こういうときは山寺は、何と言っても、こんなことが自然ありがちで、目立たないことでございましょう」
 と言って、惟光は思案する、しばらくして「昔、親しくしておりました女房で、尼になって住んでおります東山の辺に、ご遺体をお移し申し上げましょう。惟光めの父朝臣の乳母でございました者が、年老いて住んでいるのです。周囲は、人が多いようでございますが、とても閑静でございます」
 と申し上げて、夜がすっかり明けるころの騒がしさに紛れて、源氏の車を寄せる。
 亡くなった夕顔の花の女を直接に抱けないので、上筵に包んで、惟光が抱いてお乗せ申す。女はとても小柄で、気味悪くもなく、かわいらしげである。筵にしっかりとくるめないので、髪の毛がこぼれ出ているのを見るにつけ、源氏は目の前が真っ暗になって、何とも悲しい、最後にもう一目だけでも見たい、と思うが、惟光が
「ぐずぐずしないで早く、お馬で、二条院へお帰りあそばすのがよいでしょう。人が多く出てこないうちに」
 と言って、右近を夕顔の遺体と共に車に乗せると、自分は源氏に乗ってきた馬を譲り徒で車に従う。惟光は徒歩で、袴のくくりを上げたりして東山へと出かけたのであった。ずいぶん迷惑な役のようにも思われたが、悲しんでいる源氏を見ては、自分のことなどはどうでもよいという気に惟光はなったのである。 奇妙な野辺送りだが、源氏は何も考えることができず、茫然自失の態で、二条院に帰った。

 二条院の源氏付きの女房たちは、
「どこから、お帰りあそばしましたのか。ご気分が悪そうにお見えします」
 などと言うが、源氏は御帳台の内側に入り、胸を押さえて思うと、まことに悲しいので、
「どうして、夕顔と一緒に乗って行かなかったのか。もし生き返った場合、どのような気がするだろう。見捨てて行ってしまったと、辛く思うであろうか」
 と、気が動転している、女のことを思いやると、胸にせき上げてくるものがある、頭も痛く、身体も熱っぽい感じがして、とても苦しく、どうしてよいやら分からなくなり、
「こう苦しくては、自分も死んでしまうのかも知れない」
 と思う。

 日は高くなったが、源氏が起き上ってこないので、女房たちは不思議に思って、几帳の外まで来て粥などをお勧め申し上げるが、源氏は気分が悪くて、とても気弱になっているところに、内裏から使者が来る。昨日、帝がの命で、お探し申し上げたが、見つけられなかったことで、御心配あそばしていらっしゃる。左大臣の葵の上の兄弟がやってきたが、源氏は頭中将だけを、座れば死者の穢れが移ると、
「立ったままで、ここにお入り下さい」
 と言う、御簾の内側に頭の中将は入ってきてそのまま立ち姿で源氏と話しをする。源氏は、

「私の乳母であった者で、この五月のころから、病に臥せっていましたが、重いということを聞いていました。髪を切り受戒などをして、その甲斐があってか、少し回復をしたそうでしたが、最近、また悪くなり、気持ちも弱くなっていますしたが、家族が『今一度、見舞ってくれ』と申してきたので、幼いころから私を養育し私も本当に親しくしていたので、今はの際に見舞わなかったなら、薄情な者と思うだろうと、見舞いに参ったところ、その家の下人で、重い病気のため、死の穢れを避けるために主人の家から死の前に退出させるのが通例であるが、私が参るや間もなく亡くなってしまった。私に遠慮して、遺骸を日が暮れてから運び出したと、聞きましたのでこの時期神事の多いときです、穢れを受けましたまことに不都合私であります、と考えまして謹慎して、参内できないのです。またこの早朝から、風邪をひいたのか、頭がとても痛くて喉も苦しいので、大変失礼なことを言って貴方を立たせたままで話をしているのです」
 などと言う。頭中将は、
「それでは、帝に今の貴方の言葉を奏上しましょう。昨夜も、管弦の御遊の折に、帝は畏れ多くも貴方をお探し申しあそばされて、見えないので御機嫌お悪うございました」
 と源氏に言う、そのまま出ていってまた引き返して、
「どのような穢れに遭遇したのですか。貴方のお話は、本当とは思えませんがね」