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私の読む「源氏物語」 ー6-

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 と、後を追っているうちに見失って、それでこの女をよく諦めがつくものなら、今のようにただの遊び事で終わっても済まされることであるが、源氏にはとてもそんなわけにはいかないほどの夕顔の女に執心している。  人目厳しくて女の許へ参るわけにはいかないとき、そんな夜はとても我慢ができず、苦しいまでに夕顔の女のことが思われ、
「やはりこっそりと二条院に迎えてしまおう。もし世間に評判になって困ることがあるなら、そうなる運命なのだ。自分としたことが、ひどくこう女に惹かれることは今までになかったのに、あの女とどんな宿縁があったのだろうか」
 など考えてみる。それで女に
「さあ、遠慮無くとても気楽な所で、のんびりと話しなぞしよう」
 などと、言ってそれとなく二条院に誘うと、
女は
「やはり、そのお話は変でございす。そうおっしゃいますが、普通とは違ったお扱いですので、何となく空恐ろしい気がしますわ」
 と、とても子供っぽく言うので、「なるほど」と、源氏は思わずにっこりわらって、
 「なるほど、どちらが狐でしょうかね。ただ、何も考えずに化かされなさいな」
 と、優しく言うと、女もすっかりその気になって、そうであってもいいと思っている。
「世間に例のない、とんでもないことを私は言っているのだが、一途に素直に聞く従順な心は、実にかわいい女だ」
 と源氏は思うと、やはり、この女はあの頭中将が雨夜の品定めの折に語った、常夏の花を詠んで贈ったという女ではないかと疑われて、彼が話した言葉を、まっさきにお思い出し、
「だが何かきっと隠すような事情があるのだろう」
 と、源氏は無理に女から聞き出そうとはしなかった。

 夕顔の女は、何か気にくわないことがあると表情に現して、不意に逃げ隠れするような性質などはないと見て、源氏は
「自分が訪ねていくのがと絶えがちになった折には、あるいはそんな逃げ隠れする態度に出るかもしれぬが、女のほうから、いや自分勝手の妙な注文かも知れぬけれど、却って女の方でちょっとぐらいは移り気でも見せてくれる方が、張合があって、別の興味が湧くだろうに。あんまり素直過ぎて曲が無い」
 とさえ思ったりするのであった。

 八月十五日夜、源氏は今最も熱を上げている「夕顔の花」の家を訪れて、女とともに月を愛でていた。中秋の満月が、煌々たる光を板葺きの家の隙間から射し込んで来ている、源氏はこんなみすぼらしい住居の様子も珍しいが、夜明け近くなったのであろう、近所の家々から、下品な男たちの声が、聞こえてきた、仕事に出るために目を覚ましたのだろう、
「ああ、ひどく寒いことよ」
「今年は、商売もうまくできるかな、当てになる所も少なくなったし、田舎への行商ももう一つだし、さびしいことよなあ。北隣さん、聞いてるかい」
 などと、大声で言い交わしているのも源氏には珍しいことに聞こえる。
 たいした儲けにもならないその日その日の稼ぎのために起き出して、そろそろ仕事を始める音などがこの家の隣近所でするのを、源氏が珍しそうに右左と音のする方に顔を動かして見て回るのを、女は自分がこんな下層の界隈に住んでいるのが恥ずかしかった。
 格好ばかりに気を配っている人は、こんな界隈に住んでいると他人に分かれば、消え入りたいほどの場所である。でも夕顔の女はおおようなものだった。他人の不満、自分の悲しみ、体面汚すきまり悪さ、そんな自分の内面のことを、できるだけ見せまいとするふうで、そして自分自身は貴族の子で、まだ何も知らない娘らしくして、ひどい卑猥な近所の人たちの会話の内容は分からないようにしているのが、恥ずかしくて顔を赤くして手で被い上に上げられないほど下を向いてしまっているよりも感じがよかった。
 ごろごろと鳴る雷よりも音高く轟く唐臼を回すのがすぐそこのように聞こえる。さすがに源氏はこの音に、
「ああ、やかましい」
 と、これには閉口してしまった。源氏はこの轟くような音が何の音かは分からない、とても不思議で耳障りな音だ。夕顔の女が住むところは、そんなようなごたごたしたことばかりが多い処であった。

「月は新霜の色を帯び 砧は遠雁の声に和す」、白氏文集巻第六十六に詠うように、ここでも衣を打つ砧の音も、かすかにあちらこちらからと聞こえて来て、空を飛ぶ雁の声も、一緒になって、秋らしい情趣も多い。部屋の端近くに座っていたので、源氏は女と共に遣戸を引き開けて、一緒に外をみる。広くもない庭に、しゃれた呉竹、前栽におりた露、やはり場所に関係なく同じように光っていた。虫の声々が入り乱れて庭で鳴いているが、ときたま壁の内側で源氏の間近でこおろぎが鳴くことがある、常には時たま遠くに聞いている声の主が間近いところで、じかに押し付けたように鳴き叫んでいるのを、驚くよりかえって違った感じに思い、喜んでいる処などは源氏の心が豊かなところである。それで少々の羽目を外した行動も許されるのであろう。

 夕顔の女は白い袷、薄紫色の柔らかい衣を重ね着て、地味な姿態は、とてもかわいらしく華奢な感じがして、何処と言ってとりたてて優れた所はないが、か細くしなやかな感じで、何かちょっと言葉を言うときのしぐさが、「ああ、いじらしい」と、源氏はただもうかわいく思う。気取ったところをもう少し加えたらと、女を見ながら、もっとこの女を知りたいと思い、
「それでは、ちょっとこの辺の近い所にある家で、ゆっくりと夜を過ごそう。今のように暗いうちに別れて帰るようなのは、とても辛いからなあ」
 と源氏は言う、女は、
「どうしてそんなに急なことを仰るのですか」
 と、おっとりと言って女は動こうとしない。 お前を愛するこの私の恋は、死後の世界にまで続ける、源氏の誓うのを何の疑いもなく信じてよろこぶ様子のうぶな態度は、とても結婚の経験がある女とは思えないほど可憐であった。源氏はもうだれがどう言おうと気にしないと覚悟をして、夕顔の女房である「右近」を呼んで自分の随身を呼ばせて、車を庭へ回すように言いつけた。この家で夕顔の世話ををしている女房たちも、源氏の気持ちが並大抵でないのが分かり、不安に思いながらも、源氏に期待をかけていた。

 二人は睦み合ったり話をしたりして夜明けも近くなってしまった。鶏の声などは聞こえない、その代わり吉野の金峰山に参籠するのに先立って行う精進潔斎の御嶽精進をしているのであろうか、老人がしわがれ声で礼拝するのが聞こえる。立ったり座ったりの様子が、辛そうに勤行しているようである。源氏は、
「『朝の露に名利を貪り夕の陽に子孫を憂ふ』という言葉がある。朝の露と違わないはかないこの世を、何を欲張りわが身の利益を祈るのだろうか」
 と、思って聞いていると、やがて老人が
「南無当来導師、弥勒菩薩」
 と唱えて拝んでいるのが分かった。源氏は女に
「あれを、お聞きなさい。弥勒菩薩を招来しているのだ、この世の利益だけを祈っているのではないのだね」
 と、しみじみと感じ、
 優婆塞が行ふ道をしるべにて
 来む世も深き契り違ふな
(優婆塞が勤行しているのを道しるべにして
来世にも深い約束に背かないで下さい)
 と即座に詠って夕顔の女に、来世でも約束に背かないでください、と現世来世の二世の契りを伝える。