小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

私の読む「源氏物語」 ー6-

INDEX|4ページ/6ページ|

次のページ前のページ
 

 ところで、あの惟光が受け持った母親の家の隣、夕顔がきれいに咲いている家に住む女の探りは、とても詳しく調べ上げて源氏に報告されていた。惟光の報告によると
「女が誰であるかは、まったく分かりません。世間からひどく隠れ潜んでいる様子に見えますが、暇のときは、南側の半蔀のある長屋に移って来ては、牛車の音がすると、若い女房たちが覗き見などをするようです、この主人と思われる女も、時にやってきて見てます。顔かたちは、ぼんやりとではありますが、とてもかわいらし女と見られます。
 先日、先払いをして通る牛車があり、例によって女達が覗き見て、女童が急いで、『右近の君さん、早く御覧なさい。頭中将殿が、ここをお通り過ぎになってしまいます』と言うと、もう一人、見苦しくない女房が出て来て、『お静かに』と、手で制しながらも、『どうしてそうと分かりますか、どれ、私が見てみよう』と言って、母屋から渡って来ます。打橋のようなものを通路にして、行き来するのでございます。急いで来たので、なんとまあ大変、衣の裾を何かに引っ掛けて、よろよろと倒れて、橋から落ちそうになったので、『まあ、この葛城の神は、危ない橋を拵えたこと』と、文句を言って、覗き見の興味も冷めてしまったようでした。『頭の君は、直衣姿で、御随身たちもいましたが。あの人は誰、この人は誰』と女達が名前を教えあっているのは、頭中将の随身や、その小舎人童たちでした。中将に間違い有りませんね」
 などと源氏に申し上げると、源氏は
「お前がしっかりとその車を見たのならよかったのに」
 と源氏は言って、
「ひょっとしたら、あの頭中将が愛しく忘れ難かった女であろうか」
 と、とても知りたげな様子を見て、惟光は
「わたくし自身も恋をしましてそれもうまくいき、あの家の内情もすっかり分かるようになりましたが、私の相手の女は、ただ、同じ同輩どうしの女房がいるだけだと私に思わせています。また私に話しかけてくる若い近習がいますが、わたしも空とぼけて、私が誰であるか分からないようにして通っています。とてもうまく隠していると思って油断すると、女童などが言いかけそうになるのを、ごまかして、主人持ちでない様子を無理に装っております」
 などと惟光は源氏に言っては笑っている。
「尼君母御にお見舞いに伺った折に、垣間見れるようにしてくれよ」
 と源氏は惟光に含み笑いをして言うのであった。
 源氏は、あの女達が一時的にせよ、住んでいる家の程度を思うと、「これこそ、あの左馬頭が判定して、さげすんだ下の品の女達であろう。だが、その中に予想外におもしろい女が居たとしたら」などと、思ってみるのであった。
 惟光は、どんな些細なことでも源氏のお心乱すようなことはしないように心がけてはいるが、自分も男であるし若いのだから女好きなのはやむを得ない、それでいろいろと策を労しあちこちに段取りをつけ、源氏をしゃにむに夕顔の家に通わし始めたのであった。この辺の事情は、こまごまと述べることもあるまい。

 源氏は自分の相手になる夕顔の家の女を、はっきり誰と確かめることが出来ないので、自分も名前を女に明かさない、その上大変に粗末な衣装で女の前に現れ、車にも乗らず徒歩きで、他の女と関係が結ばれた時よりも遙かに根をつめて通うのである。このことはこの夕顔の家の女に並々ならぬ執心なのであろう、と惟光は考えると、自分の馬を源氏に差し上げて、そうすれば隣の女も自分ぐらいの身分の者と源氏を見るであろう、と考え自分は徒歩で供して走りまわる。惟光は
「自分に思いを寄せてくる男がひどく哀れな徒ち歩き姿を、と女が見つけてしまっては、格好が付きませんね」
 とこぼすが、源氏のことを誰にも知らせないことにして、先日タ顔の花を折りに行った随身と、それから源氏の召使であると顔を知られていない小童侍だけを供にして行った。「万が一にもばれることがあるかも知れない」 と用心して、隣の惟光の家に立ち寄りもしない。
 女の方も、源氏のこのような行動に、とても不審に思いどうもおかしい男だと、男と寝た翌朝に帰った男が家から別れた女に届けるきぬぎぬの文を持参した使者の後を付けさせる。または払暁の道を帰っていく男を尾行させ、住まいを見つけようと追跡するが、どこかで撒かれてしまい分からない。そんなことをされても、源氏は姿を晦ます一方でこの夕顔の女が愛しくて、かわいくて逢わないではいられず、彼女の行動が不都合な軽々しい行為だ、こんな事をさせては悪いと反省しては気が咎めて困りながらも、それでも彼女のもてなしようが忘れられず、頻繁に女の許に通うのであった。

 このような恋の道では、真面目な人でも理性を失って情欲に走り行動が乱れてしまう時があるものだが、源氏はそこは見苦しくないように自重して、人から非難されるような振る舞いはしなかったが、朝、昼と逢わないでいる間も、逢いたくて逢いたくて落ち着かないほど悩み、ひどくいらいらした気持ちのまま過ごしている。それほど熱中するには相応しい女とは思えないと、つとめて欲情に熱くなった心を冷まそうとするが、出来そうにもない。この女は、とても従順でおっとりとしていて、物事に思慮深く慎重であるという点は劣っている、またはないといったほうがいい。一見子供っぽいようではあるが、閨での行動は男女のすることを充分に心得ているようで少しも源氏を休ませようとはしない。源氏もまだ十七歳という若い歳であるから男女間の知識は少ない、だからこの女はたいして高い身分の家の者ではあるまい、と想像するのであるが、どうしてここまでひどく心惹かれるのだろうか、と繰り返し考えてみる。
 源氏は夕顔の女の処へ行く時は、普段着ないような粗末な狩衣姿で、顔も隠して少しも女に見せないようにし、深夜人の寝静まるのを待って女の許に出入りするので、女は昔がたりに、大和の活玉依姫のところに男が通ってきて姿をみせない。姫は親から男の着物へ糸をとおした針をさしておいて、その糸をたよりに探し当てるとよいと教えられ、そのとおりにしておいた。翌朝にそれをたぐっていって見ると三輪山の神で正体は蛇であった。という伝説のようで、気味悪く思うが、男性の様子は、そうは言うものの、女が触る男の衣服や肌、醸し出す香りなどからも分かることができたので、
「いったい、どなたであろうか。やはりこの隣の女好きが手引きし男だろう」
 と、惟光大夫を疑ってみる。惟光はつとめて何くわぬ顔で、まったくなにも知らない様子、せっせと目当ての女房と色恋に励んでいるので、どうなっているのか訳が分からなかった。女の方も不思議な風変りな恋だと思うのであった。

 源氏は、
「こんなに真実を隠し続ければ、自分も女のだれであるかを知りようがない。ここは一時の隠れ家とは思われるので、何処かへと移って行くような日も有るであろう、その日になって何処へ行ったか探しようもなくなってしまう」