私の読む「源氏物語」 ー6-
源氏と空蝉の代わりに一夜の契りを持ったあの軒端荻、あのとき耳元で約束した源氏のあまい言葉を疑いもせず、源氏との再度の関係を待ち望んでいる。この女を、源氏はいじらしいと思っているが、あの時の二人の情交を空蝉は隠れたところで、何くわぬ顔で聞いていただろうと思うと源氏は恥ずかしく、軒端荻と再度逢う前に「まずは、この空蝉の本心を見定めてから」と色々思っているうちに、空蝉の夫、伊予介が任地から京に帰ってきた。
伊予介は、まっさきに急いで参上した。船路のせいで、少し黒く日焼けしている旅姿は、とてもぶこつで源氏には気に入らない。けれど、人柄は相当の家であるので立派であるし、顔つきなどは歳はとっているが、小綺麗で、普通の人とは違って、風雅のたしなみがそなわっていると見えるのである。
伊予介は自分の赴任先の国の話などを申すので、「伊予の湯の湯桁はいくつあるか」と、聞いてみようと思うが、源氏はこの男の妻空蝉をものにしようと考えてことに反して関係が出来てしまった娘の軒端荻のことなどを思うと、前にかしこまっている伊予介を正視できなくて、心の中に色々なことを思い出している。
「くそまじめな年配者を前に、私がやましい暗い心を抱くことはけしからぬことである。人妻に恋をして三角関係を作る男の愚かさを、あの雨の夜に左馬頭の言ったのは真理であると思うと、源氏は自分に対して空蝉の冷淡な態度は腹立たしく恨めしいことであるが、この良人のためには尊敬すべき態度であると思うようにしよう。」と、左馬頭の忠告を思い出し、空蝉は、「冷淡な気持ちは憎いが、夫のためには、立派だ」と考え直した。
伊予介が「娘の軒端荻を適当な人に縁づけて、空蝉を連れて任地に下るつもりだ」と言うのを、源氏は聞くと、あれやこれやと気持ちが落ち着かなくて、伊予介が帰った後で、
「もう一度空蝉と逢うことができないものだろうか」
と、小君を呼んで相談するが、夫が居る時に例え空蝉が同意しても、軽々と忍ぶことは難しいのに、まして、空蝉はそんな浮気はとても出来ないと思っている処にのこのこと出ていくわけには参らないと、今さらそんな見苦しいことをと、諦めてしまっていた。
そうは言っても、すっかり忘れてしまうのも癪なことだと、しかるべき折々の文など、親しく度々差し上げては、何気ない書きぶりに詠み込まれた返歌を貰い、不思議とかわいらしげに、源氏が印象に残るような文面を書き加えなどして、源氏が恋しく思わずにはいられない素振りを示すので、源氏は冷淡で癪な女と思うものの、忘れがたい人と思っている。
もう一人の軒端荻は、たとえ夫が決まったとしても、あの浮気な心は変わるまいと当てにしているので、彼女の婚約や結婚の相手は、などの噂を聞いても源氏は、気にすることもなく心も動かないのであった。
秋がきた。秋は物思いの季節である。源氏にとっては人一倍、誰のせいでもなく、自ら求めた恋に心を尽くすことがあって、妻の葵の上の待つ左大臣邸には、滅多に帰ることがなかった。そのため葵の上は夫の歸りが無く何処でどうしているのかと、源氏を恨めしくばかり思っていた。
また、源氏は、六条の女にも、努力してやっと自分の女にしてしまった後は、うって変わって、手に入れるまでのあの細やかな気配りは、通り一遍な扱いになってしまい女には気の毒であった。けれど、まだ女の心が冷めていた時に源氏は女の肉体をものにしようと、男の力で無理無体に関係を結ぼうとすることが無くなったのは、女はどうしたことかと思うのであった。
この六条の女性は、たいそうものごとを度を越すほど、深くお思い詰めする性格なので、源氏は十七歳、自分は二十四歳、はるかに年上であるという、不似合いな相手と恋に墜ちて、一端関係が出来たらすぐに捨てられるのかという、悲しい思いに沈み、源氏が訪れるのを待ち明かしてしまう夜などには身体が燃え上がって煩悶することが多かった。
霧のたいそう深い朝、昨夜久しぶりに来た源氏にたまりに溜まっていた女の情欲をありったけぶっつけて夜通し自分の身体が満足するまで源氏を責めたてて、やっと二人は身体を離れてうとうととしたが、すぐに源氏の帰りの時が来た。
源氏は供の者にひどくせかされて、眠そうな様子で、溜息をつきながら帰るのを、女の女房の中将のおもとが、格子を一間だけ上げて、うつらうつらとしている女に、お見送りなさいませ、と几帳を引き開けたので、女は頭をもち上げて外の方へ目を向けて源氏を見送る。
前栽の花が色とりどりに咲き乱れているのを、源氏はもう少し見てみたいとためらっている姿が、女には評判どおり二人といない優美なものと映った。渡廊の方へ行く源氏を、中将の女房が、お供申し上げる。紫苑色で季節に適った、薄絹の裳、それをくっきりと結んだ腰つきは、しなやかで優美である。
源氏は振り返り送りに出てきた中将を見て、別れた主人からは目の届かない高欄の隅に、少しの間中将を座らせになった。きちんとした態度、黒髪のかかり具合、見事なものよ、美しい女だと眺める。源氏は
咲く花に移るてふ名はつつめども
折らで過ぎ憂き今朝の朝顔
(咲いている花に心を移したというようにとられては憚られますが、やはり手折らずには素通りしがたい今朝の朝顔の花です)
貴女をどうしよう」
と言って、中将の手を捉えなさると、まことに男を扱い馴れたようで、すぐに、
朝霧の晴れ間も待たぬ気色にて
花に心を止めぬとぞ見る
(朝霧の晴れる間も待たないでお帰りになるご様子なので、朝顔の花に心を止めていないものと思われます)
と、中将は主人の女の気持ちにして返歌申し上げて源氏の心をいなされた。
かわいらしい男童で、格好のいいのが、指貫の裾を、露で濡らして、花の中に入りこんで、朝顔を手折って源氏と中将に差し上げる、その姿前栽の花の彩り、絵に描きたいほどである。
すれ違うだけの者でも、ちょっと源氏に拝見する人でさえも、源氏の優美さを心を止めない者はない情趣を解しない山の男でも、休み場所には桜の蔭を選ぶようなわけで、その身分身分によって愛している娘を源氏の女房にさせたいと思ったり、相当な女であると思う妹を持った兄が、ぜひ源氏の出入りする家の召使にさせたいとか皆思った。。物の情趣を解さない山人も、花の下では、やはり休息したいものではないか、この源氏の美しさを拝する人々は、身分身分に応じて、自分のかわいいと思う娘を、ご奉公に差し上げたいと願い、あるいは、恥ずかしくないと思う姉妹などを持っている人は、下仕えであっても、やはり、このお方の側にご奉公させたいと、思わない者はなかった。
まして何かの場合には優しい言葉を源氏からかけられる女房、この中将のような女はおろそかにこの幸福を思っていない。情人になろうなどとは思いも寄らぬことで、女主人の所へ毎日おいでになればどんなにうれしいであろうと思っているのであった。 まして、何かの折のお言葉でも、優しいお姿を拝する人で、少し物の情趣を解せる人は、どうしていい加減にお思い申し上げよう。
作品名:私の読む「源氏物語」 ー6- 作家名:陽高慈雨