私の読む「源氏物語」ー5-
「珍しくお客がおりまして、姉の近くにまいれません」
「それでは、今夜も帰れと言うのか。まったくあきれて、ひどいではないか」
と源氏が言う、小君は慌てて、
「いいえ決して。あちらに帰りましたら、きっと段取りをつけますから」
と申し上げる。
「あの子が言うように何とかできそうな様子なのであろう。子供ではあるが、物事の事情や、人の気持ちを読み取れるくらい落ち着いているから」と、源氏は思い小君の考えている手だてに委ねることにした。
碁を打ち終えたのであろうか、衣ずれの音の音と、喋りながら女房たちが各部屋に下がって行く様子などがする。
「小君様はどこにいらっしゃるのでしょうか。この御格子は閉めましょう」
と言って、格子を閉めようとする音を立てているのが聞こえる。源氏は小君に、
「静かになったようだ。入って、それでは、うまく段取りをつけてくれ」
小君も、姉の空蝉の気持ちは曲がりそうになく堅物でいるのが分かっているので、源氏との話をつけることが出来なくて、人が少なになった時に源氏を忍び込まそうと考えていたのであった。
源氏が小君に、
「紀伊守の妹も、ここにいるのか。わたしにのぞき見させよ」
「どうして、そのようなことができましょうか。格子には几帳が添え立ててあります」
小君は申し上げる。
源氏はなるほどと思うが、それでも興味深く思うが、小君に
「先ほど充分に見てしまったとは言うまい、気の毒だ」
と思い、早く夜が更けないかと小君に愚痴る。
今度は、妻戸を叩いて中の女童に格子を開けさせて小君は入って行く。女房たちは皆静かに寝静まっていた。小君は
「この障子の入り口に、僕は寝るよ。風がよく通るから涼しいよ」
と女童に言って、畳を広げて小君は横になる。女房たちは、東廂に大勢寝ているのだろう。妻戸を開けてくれた女童もそちらに入って寝てしまった。小君はしばらく空寝をして、灯火の明るい方に屏風を広げて、こちらをうす暗くし、源氏を静かにお入れ申し上げた。
源氏は初めての夜ばいである
「どうなることか、まずいことでもして恥かかなければいいが」
と心配になると、とても気後れするが、小君が手引するのに従って、母屋の几帳の帷子を引き上げて、たいそう静かに入ろうとするが、皆寝静まっている夜の、着衣の衣ずれの様子は、柔らかな衣装を着ているのだが、かえってはっきりとわかるのであった。
空蝉は、源氏があれ以来何も言ってこないのでお忘れになったのかとほっとして嬉しいと思う反面、彼との不思議な夢のような出来事を、心から忘れられないのである。床につくと夫との夜の交わりがご無沙汰なのか、ふと源氏とのあの夜のことを思い出しぐっすりと眠ることができず、昼間は物思いに耽り、夜は寝覚めがちなので、今は春ではないが、「木の芽」が出るのではないが「この私の目」も休む時なく物思いがちなのである。碁を打っていた継子である軒端荻の君は、「今夜は、こちで一緒に休みましょう」と言って昔から継母継子は仲好くないというのが当たり前のことであるのに、仲良く一緒に寝ようというのも、今の子らしくおしゃべりして、共に床について寝てしまったのである。
若い軒端荻は、無心にぐっすりと眠っているのであろう。このような感じが、隣からとても香り高く匂って来る。あまりの香りに空蝉は顔を上げて横を見ると、寝る前に脱いだ単衣の帷子を打ち掛けてある几帳の隙間に、暗いけれども、何者かがにじり寄って来る様子が、はっきりとわかる。空蝉はこれは夜ばいだと、あきれた気持ちで、にじり来る者が誰であるか分からないにが、そっと起き出して、生絹の単衣を一枚着て、そっと抜け出してしまった。
源氏は首尾良く入ることが出来て、暗い中にも白いものが一人だけ寝ているのを確かめ安心した。床の下の方に女房が二人ほど寝ている。寝ている女の上にかけてある薄い衣を押しやってそっと寄り添い横になると、先夜抱き上げた時よりは、少しばかり大柄な感じがするが、空蝉だろうと女が替わっていることに気づかない。女はぐっすりと眠り込んでいて男が横に添い寝していることにも目を覚ます様子もない、胸をはだけている女の乳房を触り源氏は女の奥の方へ手を差し込んでいく、その手に触れる女の肌の感触が妙に違っていると感じ、更に下へと手のひらを移動していくと、だんだんと自分の求めている女、空蝉、とは違う女だということが分かってきた。事の意外に小君の奴変なところに案内してと癪に思うが、「人違いをしてまごまごしているのも愚かしく、女も目を覚ますと変だと思うだろう、目当ての空蝉を探しても、これほどまでして自分を避けているのなら、もし見つけても甲斐なく、帰って自分の間抜けなさをさらけ出すようなものだ」とお思った。そこでこの女は先ほど隙間から覗いた灯影の美女ならば、この女と情を結ぶのもまんざらではないなお思い、今宵はこの女と、まだ目を覚まさぬ女の腰ひもをそろっとほどき、前を露わにして自分も着ている薄物の前を開いて静かに女の中に身体を埋めていった。源氏がまだ若い者でただ自分の性だけの処理に、と女を求めるこの有様は思慮の浅薄さと言えよう。
女は次第に激しくなる源氏の行動に目が覚めて、男が自分を抱きしめて身体を一つにしようと動いているのに、驚いてしまった。源氏は特にこれといった愛情があるのでもないのでただ黙々と体を動かしている。女が驚いて少し恐怖があることなどにかまわず自分の欲望が向くままに女に突き進んでいく、この女も男女の閨の仲をまだ知らないわりには、ませたところがあるのか、消え入るばかりに思い乱れて騒ぐわけでもない。かえって源氏の行動に身体を合わせて動き出してきた。
源氏は自分のことを明かさないようにしようと思うが、この女が、どうしてこういうことになったのかと、後から考えるだろう、それは自分にとってはどうということはないが、もしこの女に、あの薄情な空蝉が、強情に世間体を憚って源氏との接触を嫌がって、今夜の行動に走り結果的にはこの女を残していったのだということ、自分は継母の空蝉の替え玉として犠牲になったのだ、ということを知れば、女もはり気の毒なので、源氏は度々の方違えにここに来たのも貴女に逢いたいためだよ、とうまくとりつくろって話した。よく気のつく女ならば自分が継母の空蝉にのぼせて来ていると察しがつくであろうが、まだ経験の浅い娘の分別では、床の中であれほどおませに見えたようでも、源氏の魂胆までは見抜けないのであった。
小君から教えて貰った昨夜関係を持った女は軒端荻という。源氏は嫌な女ではないが、心惹かれるようなところもない女である、源氏の心の内はやはりあのいまいましい空蝉の気持ちを恨めしくおもっている。「昨夜はどこに隠れていて自分と萩の性交を、愚か者だと思って見ていたのだろう。このような強情な女はめったにいないもの」と、困ったことに、気持ちを紛らすこともできず思い出さずにはおれない。こ軒端荻の、何も気づかず、初々しい感じもいじらしいので、愛情こまやかに将来を約束した。
源氏は
作品名:私の読む「源氏物語」ー5- 作家名:陽高慈雨