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私の読む「源氏物語」ー5-

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「世間に認められた仲よりも、このような秘密の仲こそ、愛情は深いものと、昔から人も言っていました。荻よ、あなたもわたしと同じように愛してくださいよ。世間を憚る事情がいろいろとある、不幸にして私は高貴な身分生まれてきたので自由な振る舞いができなかった。また、あなたのご両親もこんな関係を許されないだろうと、今から胸が痛みます。忘れないで待っていて下さいよ」
 などと、軒端荻へ浮気男のありきたりな情のない話しをする。軒端荻は、
「私たち二人のことを人が何と思いますやら、恥ずかしくて、貴方にお手紙を差し上げることもできませんわ」
 と無邪気に言う。
「誰彼となく、他人に知られては困りますが、この小さい殿上童の小君に託して差し上げましょう。何げなく振る舞っていて下さい」
 などと言って、空蝉が脱いで置いていた薄衣を手に取って出ていった。

 小君が近くに寝ていたのを起こすと、彼は源氏の首尾はいかがかと、不安に思いながら寝ていたので、すぐに目を覚ました。妻戸を静かに押し開けると、年老いた女房の声で、
「そこにいるのは誰ですか」
 と仰々しく尋ねる。厄介に思って、小君は、
「僕です」と答える。
「夜中に、これはまた、どうして外をお歩きなさいますか」
 と世話焼き顔で、外へ出て来る。とても腹立たしく、
「何でもありません。少し外を歩きたいだけです」
 と言って、源氏をそとへ出す、暁方に近い月の光が明るく照っているので、ふと人影が見えたので、古女房は
「もう一人いらっしゃるのは、誰ですか」と尋ねる。
「民部のおもとのようですね。けっこうな背丈ですこと」
 と小君は言う。背丈の高い人でいつも笑われている人のことを言うのであった。老女房は、その人を連れて歩いていたのだと思って、
「小君様、今に、あなたも同じくらいの背丈におなりになるでしょう」
 と言いながら、自分もこの妻戸から出て来る。源氏も小君もこの古女房の行為に困ったが、押し返すこともできず、渡殿の戸口に身を寄せて隠れて立っていらっしゃると、この老女房が源氏の側に近寄って、
「お前様は、今夜は、上に詰めていらっしゃったのですか。私は一昨日からお腹の具合が悪くて、我慢できませんでしたので、お詰めをすることが出来ませんで下におりていましたが、人少ないので応援を頼まれました、そこで昨夜は参上したのですが、やはり我慢ができないので下がって参りました」
 と苦しがる。こちらの返事も聞かないで、
「ああ、お腹が、お腹が。また後で」
 と言って通り過ぎて行ったので、ようやくのことで外へ出ることが出来た。やはりこうした忍び歩きは軽率で良くないものだと、源氏はますます懲りたのである。

 [第五段 源氏、空蝉の脱ぎ捨てた衣を持って帰る]

 小君を、車の後ろに乗せて、源氏は二条院に帰った。昨夜の出来事を小君に言って、
「幼稚な謀よ」
 と小君をなじり、あの空蝉の気持ちを気にくわない時にする爪弾きをしいしい恨みごとを言う。小君はその源氏を見て気の毒で、何とも申し上げられなかった。
 源氏は更に
「空蝉は私をひどく嫌っておいでのようなので、私ももすっかり嫌になってしまった。どうして、逢ってくれないまでも、返事の文ぐら寄越してくれてもいいもんだ。伊予介にも及ばないわが身だ」
 などと、愚痴っぽく小君に言う。先程軒端荻の許を去る時に持ってきた空蝉の小袿を、空蝉をなじりながらも、お着ている着物の中にに引き入肌に当てて横になった。小君を側に寝かせて、いろいろと愚痴を言い、また、優しく話しをする。
「おまえは、かわいいけれど、つれない女の弟だと思うと、いつまでもかわいがってやれないよ」
 と真面目に言うので、小君は聞いていてとても辛い思いをした。
 源氏はしばらく、横になっていたが、眠れない。硯を急に用意させて、手紙ではなく、畳紙に手習いのように思うままに書き流しする。
 空蝉の身をかへてける
      木のもとに
 なほ人がらのなつかしきかな
(蝉が殻を脱ぐように、衣を脱ぎ捨てて逃げ去っていったあなたですが、やはり人柄が懐かしく思われます)
 と源氏は書いたのを、小君は懐に入れて持っていた。あの女もどう思っているだろうかと、いろいろと思い返ししている、手紙は書かなかった。あの薄衣は、小袿のとても懐かしい人の香が染み込んでいるので、それをいつもお側近くに置いて眺めていた。

 小君が、紀伊の守のところに行くと、姉の空蝉が待ち構えていて、厳しく叱りつける。
「とんでもないことをしてくれた、私は何とか隠れてごまかすことが出来ても、他人の思惑はどうすることもできないので、ほんとうに困りましたよ。まことにこのように幼稚な浅はかなことをして、またあの方はどうお思いになっていらっしゃろうか」
 と言って、小君をしかりつける。彼は姉や源氏どちらからも叱られて辛く思うが、源氏の君の手すさび書きを取り出した。空蝉は小君を叱りはしたものの、源氏の歌を手に取っ見る。あの脱ぎ捨てた小袿を、「伊勢をの海人」後撰集の歌のように汗臭くはなかったろうか、と恥ずかしく思い気が気でなく、いろいろと思い乱れていた。

 西の君である軒端荻も、源氏との関係が何とはなく恥ずかしい気持ちで帰っていった。今のところ彼女は他に関係がある男もいないので、一人物思いに耽っていた。小君が行き来するにつけても、胸が締めつけられる思いであるが、源氏からの手紙もない。あまりのことだと気づかずに、もともと陽気な女ながら、何となく悲しい思いをしているようである。
 薄情な女と思われている空蝉も、落ち着いてはいるようであるが、源氏の自分に対する行為が真剣であった事を考えると、娘時代に帰れる身であったらと、昔に返れるものではないが、堪えることができないので、源氏の書き殴った懐紙の片端に、

 空蝉の羽に置く露の木隠れて
 忍び忍びに濡るる袖かな
(空蝉の羽に置く露が木に隠れて見えないように、わたしもひそかに、涙で袖を濡らしております) (空蝉終わり)