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私の読む「源氏物語」ー4-

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(あんな事があって、わが身の辛さを嘆いても嘆き足りないうちに明ける夜は、鶏の鳴く音に取り重ねて、わたしも泣かれてなりません」
 ずんずんと明るくなるので、源氏は空蝉を襖障子口まで送って行き、家の内も外も騒がしいので、そこで別れることになる、げんじは心細い気がして、襖障子が二人の仲を隔てる関のように思った。
 源氏は夜着から直衣に着替えて、南面の高欄寄りかかって外の状況を少しの間眺めていた。庭を挟んで西面の格子を急いで上げて、この屋の女房たちが源氏を覗き見している。簀子の中央に立ててある小障子の上から、わずかに見える源氏の姿を、体を震わして感じ入って見ている色男好みの女もいるようである。
 月は有明で、光は弱くなっているとはいうものの、源氏の顔ははっきりと見えて、弱い光に照らされてかえって趣がある。空の様子はよく晴れて、見る人によって、美しくも悲しくも見えるのである。空蝉のことを人に言われぬ源氏には、胸が痛いことで、文を送る方法もないと、後ろ髪引かれる思いであった。
 源氏は二条院邸に帰っても、すぐに寝むことが出来ない。彼女に再び逢える手はないのか、あのような不倫まがいのことをして空蝉は自分以上に、悩んでいるであろうと、気の毒にと想像する。
「特に優れた所はないが、見苦しくなく身嗜もとりつくろっているのが中の品の女であったな。何でもよく知っている左馬頭め、上手いこと言ったものだ、なるほど」
 
 源氏は最近、葵の上の左大臣邸に居続けてる。妻の葵の上と共に寝ても気持ちはやはりあれきり途絶えている空蝉のことで、いろいろと思い悩んでいる。何とかしてでももう一度切れた糸を繋ぐことは出来まいかと、一つの考えをまとめて紀伊守をお呼びになった。
「先日お前の屋敷で逢った故中納言の子を、わたしに呉れないか。かわい子供だったがから、身近に使う者としたい。御所に出仕できるようにも私がしてあげたい」
 と告げる、紀伊の守は
 「とても恐れ多いお言葉でございます。姉に仰せ言を申し聞かせてみましょう」
 と、返事はする、源氏は姉という紀伊の守の言葉を聞いただけで心臓が高鳴る、自分の気持ちを悟られないように、気持ちを抑えてさらに紀伊の守に尋ねる
「その姉君という伊予の督の妻は、伊予の督の子をなしているのか、そなたの義弟をお持ちか」
「いえ、ございません。父の妻としては二年ほどになりますが、彼女は、こうして暮らしているが、亡き父親の考えていたこととは違ったと嘆いて、二人の関係はそうまで親密ではないと、聞いております」
「それは気の毒なことよ。噂では評判であった女だ。実際には器量よしの女か」
 と源氏は先日の夜暗がりで顔を確かめることが出来なかったので聞いてみる、
「悪くはございませんでしょう。若いまま母とは世間が言うように、私は離れてあまり逢わないように疎遠に致しております。ですから親しくゆっくりと話し合うこともありませんので、しかっとは顔を見てはおりません」
 と紀伊の守は空蝉が器量よしかどうかはっきりとは源氏に答えなかった。

 五、六日が過ぎて、源氏が話していた空蝉の弟を紀伊の守が連れて源氏の前に参上した。整った顔というのではないが、優美な姿をしていて、一見して良家の子と見えた。源氏はこちらにおいでと招き入れて、とても親しくお話をなさる。小君というのがその童の名前であった。小君は子供心に、源氏に会え、しかもこんなに親しく話しかけられてとても素晴らしく嬉しく思う。源氏は特に小君に姉のことを詳しく尋ねる。小君は答えられることはお答えしているが、緊張して源氏が恥ずかしくなるほどきちんとかしこまっているので、ちょっと空蝉のことを言い出しにくい。けれど、悟られないようにそれとなく、とても上手にきいていた。

 源氏に呼び出されたのはこんな事であったかと、小君はぼんやりと姉と源氏の間のことを分かるのも、意外に大人びていることではあるが、だがやはり子供心に深くも考えない。にこにことして源氏の手紙を空蝉の許へ持って来たので、あまりのことにあきれてしまい涙が出てしまった。弟が自分と源氏の間をどう思っていることだろうかときまりが悪い、そうは言っても、手紙で顔を隠すように広げた。見るととても沢山いろいろと書き連ねてあって、歌が添えられていた。

見し夢を逢ふ夜ありやと嘆くまに
   目さへあはでぞころも経にける
(夢が現実となったあの夜以来、再び逢える夜があろうかと嘆いているうちに、目までが合わさらないで眠れない夜を幾日も送ってしまいました)
 現実はもちろんのこと、夢の中でさえあなたに会えない
 
 などと、空蝉は見たこともないほどの、素晴らしい源氏の筆跡も、涙に曇ってよく読めなくなってしまった。そうして自分の今ある不本意な運命がつきまとう身の上、そして更に続くであろう事を思い続けて臥せってしまった。

 翌日、源氏は小君に来邸するようにと言われていたので、姉の空蝉にこれから源氏の許へ参上しますと言って、返事の文を催促する。
空蝉は微笑んで小君に、
「このようなお手紙を見るような人はいません、と申し上げなさい」
 と言う。小君は姉に、
「源氏の君がお間違いになっておっしゃるはずもないのに。どうして、そのような姉上の言葉を申し上げられましょうか」
 と言うので、空蝉はむっとしたが、源氏が小君にあの夜のことをすっかりおっしゃられ、知らせてしまったのだ、と思うと、辛く思われること、この上ない。
「いいえ、ませた口をきくものではありませんよ。それなら、もう源氏様の許へ参上してはいけません」
 と不機嫌になった。それを見て小君は
「お召しになるのに、どうして行ってはいけないの」
と少しふてくされて言って、小君は源氏の屋敷に参上した。

 紀伊守も、いい女だと継母の空蝉を見ていた。父のような年寄りにはもったいない女と思って、何かと彼女の気を引くように空蝉の機嫌を取っているので、その弟の小君を大切にして、連れて歩いていた。
 源氏は、小君をお召しになって、
「昨日一日中返事を待っていたのに。やはり、わたしはおまえを思っているのに、小君、おまえはわたしなんかどうでもいいようだね」 恨み言を言うと、小君は顔を赤くして小さく畏まっている。
「で返事の文は何処に」
 と源氏がおっしゃると、小君はこれこれしかじかです、と申し上げるので、源氏は
「お前は姉さんに何も強く言えないんだね、だめだね。男の子のくせに呆れた」
 と言って、源氏はまたも文を小君に託した。
「おまえは知らないのだね。わたしはあの伊予の老人よりは、先にお前の姉と関係していたのだよ。けれどの細い貧弱な男だからといって、姉さんはあの不恰好な老人を良人に持って、今だって知らないなどと言って私を軽蔑しているのだ。そうであっても、おまえはわたしの子でいてくれよ。お前が頼りにしているあの人は歳だし、どうせ先は短だろうし」
 と源氏が小君に言うと、小君は信じてしまい、
「姉さんは源氏様とそういうこともあったのだろうか、これは大変なことを聞いてしまった」
 とどうしていいのか困惑している小君を、
「かわいいい童だ」
 と源氏は思う。