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私の読む「源氏物語」ー4-

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 伊予の守の娘で紀伊の守の妹に当たる女は空蝉といい多分伊予の守の屋敷からこの屋に来ているはずである、気位の高いという評判を聞いていたので、どんな女性かと耳を澄まして何処かこの屋の中から彼女の声がしないものかと、聞き耳を立てていると、この居間として貰った寝殿の西の方に人のいる様子がする。じっと聞いていると衣ずれの音がさらさらとして、若い女性の話声が愛らしく聞こえてきた。その声は小声で、笑ったりなどする様子は、源氏を意識してかわざとらしい。格子を上げたままであったが、紀伊守が、「不用意な、下ろしなさい」と小言を言たので下ろしてしまった。明りが、襖障子の上から漏れているので、源氏はそっと近づき、「見えるかな」と隙間を探すがないので、話だけを聞いていると、ひそひそ話しの内容は自分の噂話であった。
「真面目なようでまだお若いのに、立派な北の方がおられるとは、ほんとにつまりませんは」
「でも、分からないように、隠れて通っていらっしゃる女の方がいらっしゃるということですよ」
 などと噂している。普段胸の内に止めてあることをずばりと言われたので、源氏はどきりとし、
「このような噂話をしているのを、人が聞いたらどうなるだろう」
 などとしんぱいする。
 女達の話はこんなことで先に進まないので、途中まで聞いて止めてしまった。それでも聞こえてくる彼女たちの話の中に、かって式部卿宮の姫君に、朝顔の花を贈った時の和歌などを、少し文句を間違えて語るのが聞こえる。
「人の歌を気楽に下手な節つけて口にすることよ、中の品の女はやはり見劣りすることだ」 と思った。
 紀伊守が出て来て、灯籠を増やしたり、部屋の灯火を明るくしたりして、お菓子を置いてくれた。 
「帷帳の準備できてるのか、催馬楽に、『我家は 帷帳も垂れたるを 大君来ませ 聟にせむ 御肴に何よけむ 鮑 栄螺か 石陰子よけむ 鮑 栄螺か 石陰子よけむ」とあるであろうが。そうした趣向もなくては、興醒めなもてなしであろう」
 と遠回しに女をこの席に呼ぶようにと言う、
紀伊の守はとぼけて
 「はて、何がお気に召しますやら、わかりませんので」
 と、控えている。部屋の端の方で、うたた寝といったふうに源氏は横になっていると、源氏様はおやすみになったのかと供人たちも静かになった。
 紀伊の守の子供たちが、かわいらしい。その子供達の中で、童殿上している子供に源氏は見慣れているのもいる。紀伊の守の父親伊予介の子もいる。大勢いる中で、とても感じが上品で、十二、三歳くらいになるのもいる。
「どの子が誰の子か」
「この子は、宮中の門の出入りを守る役目の亡くなりました衛門督の末っ子で、父親が大変にかわいがっておりましたが、まだ幼いうちに親に先立たれまして、伊予の守の嫁になりました姉に伴って伊予の守の屋敷に住まいしております、父の家の忌み事で皆とこうして我が家に参っております。学問などもできるので、童殿上なども考えておりますが、簡単にはいかないようです」
 と紀伊の守は源氏に申し上げる。
「気の毒に。そうするとこの子の姉が、そなたの継母か」
「さようでございます」
「年に似合わない若い継母を、持ったことだなあ。帝も、
『宮仕えに差し上げたいと、衛府督から聞いていたが、その後どうなったのかな』
 と、いつであったか私に仰せられたことがあったが。人の世とは無常なものだ」
 と、源氏は大人のような口を利く。
「不思議な縁で、こうしているのでございます。男女の仲と言うものは、所詮、そのようなものばかりで、今も昔も、どうなるか分からないものでございます。中でも、女の運命ははかなくて哀れでございます」
 などと申し上げて途中で止める。
「伊予介は、参内して帝にお仕えする女であったのだから、大事にして主君と思っているだろうな」
「それはそれは、帝の大事な女として世話しておりますようですが、いい歳をして好色がましいことだと、わたくし達兄弟は、納得しかねております」
 などと返答申し上げる。げんじはさらに、
「そうは言っても、そなたたちのような歳に相応しく現代風の者に、伊予介は後妻の空蝉を子供のそなたに譲ろうか、とても譲ることはあるまい、あの伊予介は、なかなか風流心があって若い女が好きときている、若作りにしているからな」
 などと、源氏は紀伊の守に言って、
「で、空蝉はどこに」
「皆、下屋に下がらせましたが、まだ下がりきらないで残っているかも知れません」
 と申し上げる。
 こんな話を二人がしている間に、供人は皆酔いが回って、簀子にそれぞれ横になって、寝静まってしまった。

 源氏は、空蝉が同じ屋根の下にいるということで気が高ぶり眠ることが出来ない。横に女がいない空しい一人寝だと思うと目も冴えて、この北の襖障子の向こう側に人のいる様子がするので、
「ここが、話に出た女が隠れている所であろうか、」
 と、静かに起き上がって立ち聞きすると、先程の子供の声で、
「お姉さま。どこにいらっしゃいますか」
 と、かすれた声で、かわいらしい声がする、
「ここに臥せっています。お客様はお寝みになりましたか。お部屋が近いと思ってどんなにか心配していましたが、でも、遠そうだわね」
 と言う。、丁寧な言葉でなく、とてもよく似ていたので、あの童の姉、空蝉だなと源氏は察した。
「廂の間にお寝みになりました。噂に聞いていたお姿を拝見いたしましたが、噂通りにご立派でしたよ」
 と、ひそひそ声で言う。
「昼間であったら、覗いて拝見できるのにね」
 と空蝉は眠そうに言って、顔を衾に引き入れた声がする。
「惜しいな、気を入れてもっと聞いていろよ」 と源氏は残念に思う。
「わたしは、端に寝ましょう。ああ、疲れた」
 と言って空蝉は、灯心を引き出したりしているのであろう。彼女は、ちょうどこの襖障子口の斜め向こう側に臥しているのであろう。
「中将の君はどこですか。誰もいないような感じがして、何となく恐いような気持ち」
 すると、長押の下の方で、女房たちは臥したまま答えているらしい。
 「下屋に、お湯を使いに下りていますが。『すぐに参ります』とのことでございます」と言う。
 皆寝静まった様子なので、源氏は掛金を試しに開けてみると、向こう側からは錠はしてないのであった。戸を開けて中を見ると、几帳を襖障子口に立てて、灯火はほの暗いが、唐櫃のような物などが置いてあるので、ごたごたした中を、静かに掻き分けて入って行くと、空蝉はただ一人だけとても小柄な感じで臥せっていた。こんな事をして起きるのではないかと思うが、上に掛けてある衣を押しのけるまで、彼女は呼んでいた女房だと思っていた。源氏は柔らかく
 「中将をお呼びでしたので。私は前々から人知れずあなたをお慕いしておりました、その甲斐があった気がしまして」
 と源氏が語りかけるのを、空蝉はすぐにはどういうことかも分からず、魔物にでも襲われたような気がして、「きゃっ」と声を立てようとしたが、顔に衣が掛けられて、声にならない。