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私の読む「源氏物語」ー4-

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大学寮で教えている三史五経を、本格的に理解し、それを自分はこんなに知識があるのだ、とひけらかすのは好感の持てないことです。女だからといって、世の中の公私の事々を、まったく知りませんできませんと言えないでしょうが、こんなことは本格的に勉強しなくても、少しでも才能のある女で有れば、自然に憶えるはずです。
 そんなわけで、普通漢字を使わない女の文に漢字をさらさらと走り書きして、半分以上やまと文字と書き交ぜているのは、何と厭味な、と思われます。本人の気持ちの上ではそんなにも思わないでしょうが、音読すると自然とごつごつした声に読まれて、わざと漢字を使って、と感じられます。上流の女の中にも多く見られることです。
 和歌を詠むことを鼻にかけている人が、そのまま和歌のとりことなって、古歌を初句から取り込み、なんでもない時期に、それを詠みかけて来ますのは、不愉快なことです。返歌しないと礼儀知らずと言われ、送られた古歌に対する古歌が浮かばないような人は体裁が悪いでしょう。節会の時期などで、例えば五月の節会に急いで参内しなければと気ぜわしい朝に、落ち着いて考えている暇など有りません、そんな時に素晴らしい菖蒲にかこつけた歌が送ってきたり、九月の重陽の節会の宴会のために、宴席で詠う漢詩のことを何はともあれ思いめぐらしていて、頭の中が一杯である時に、菊の露にかこつけた歌がおくらて、どうしようもない。こんな忙しくて考える暇がない時でなく、後から読めばおもしろく、しみじみとした歌を詠まれたと思うのであるが、このように急いでいる場合には、相応しくなく、目にも止まらない、ということを察しもしないで詠んで寄こすのは、ありがた迷惑でかえって気がきかない奴と思われます。
 万事につけて、してもしなくても良いような時には、気の付かないような者は、気取ったり風流めかしたりしないほうが無難だと言うことです。
 総じて、知ってても、知らない顔をして、言いたいことも、一つ二つは言わないほうが良いというものでしょう」
 と左馬頭は結論ずけて言う。源氏は、話を聞きながら心に思う人「藤壺の女御」を胸の中に思い続けていた。
「あの方は、この左馬頭の結論に足りないことまた出過ぎたところもない方でいらっしゃるなあ」
 と、藤壺が比類のない女である事を思うと、ますます胸がいっぱいになった。
 どういう結論に達するというでもなく、最後は聞き苦しい話に落ちて、夜をお明かしになった。

 やっと今日は天気も好くなった。こうして内裏にばかり籠っていては舅の左大臣殿に悪いと思って、早々に源氏は退出した。
 葵の上の許に返ってみると、いつものように邸内の有様、妻の葵の上も、端麗で気高く、乱れたところがなくきちんとして源氏を迎えてくれて、この女こそは、昨日の話の中に第一に出てきた、女の中で捨ててしまうのは惜しいと取り上げた実直な妻というのだろう、昨日の色々な女の品定めの左馬頭ことを思い出して源氏は考えた、一方では、あまりきちんと片づき過ぎている様子の中で、葵の上が隙なく柔らかさもなくとり澄まして自分に応対するのが気詰まりで物足りなく思っていた。中納言の君や中務などといった源氏のお手つきの人並み優れている若い女房たちに、冗談などを言って、暑いので着衣も前を開けてくつろげてる姿を、女達は素晴らしく美しい、とうっとりとして見ていた。
 舅の左大臣も源氏の許にやってきて、源氏がくつろいでいるので、遠慮して直接相対することなく几帳を間にしてお座りになって、話をするのを、
「暑いのに」
 と、源氏は苦い顔をする、それがおかしいので女房たちは笑う。
「静かに」
 と制して、脇息に寄り掛かっている姿もいかにも親王の出らしい鷹揚な仕草であった。
 暗くなるころに、
 「今夜は、天一神が、内裏からこちらの方角へは方塞がりになっております」
 と源氏の供の者が申し上げる。
「そうですわ。普通は、お避けになる方角でありますよ」
 と女房達が言う。源氏は自分の本宅も同じ方角なので、
「二条院も駄目だしな、どこに方違えをしようか。あまり気分も良くないのに」
 と言って寝所で横になって動く様子がない。「でも方違いをなさらないと大変ことです」 と、周りの女達の誰彼となく申し上げる。
 御簾の外から男の者が、
「紀伊守と申して親しくお仕えしております者の、中川の辺りにある家が内裏から東にあります、最近川の水を庭に堰き入れて、涼しい感じの木蔭を拵えました。そこでは如何でしょうか」
 と女房を通して源氏に申し上げる。
「それはいい。気分が悪いから、牛車のままで入って行かれる所を用意して」
 と源氏は言う。隠れた方違えのための邸は、たくさん各所にあるに違いないが、折角長いご無沙汰の後に左大臣邸にいらっしゃったのに、方角が悪いからといって、この屋の人や妻の葵の上が源氏の帰りを待っていた期待を裏切って、他所へ行ったとなるのは、気の毒だと思った。
 紀伊守は用を言い付けられると、お引き受けはしたものの、源氏の前から引き下がって、
同僚達のいるところで、
「困ったなあ、父の伊予守の家に、慎み事があって、女房たちが我が家に来ている時なので、狭い家で、源氏様に失礼に当たる事がありはしないかと心配です」
 と、どうしようかと相談しているのを源氏は聞いて、
「気にしないで女人が大勢近くにいるのが、嬉しいのだ。女気のない旅寝は、何となく恐ろしいような不気味な気持ちがするからね。ちょうどその几帳の後ろに寝るようにね」
 と言うと、
「なるほど、これはよろしいご座所で」
 と言って、使いの者を走らせる。
 こっそりと、格別に大げさにしないで、急いでお出になるので、左大臣にもご挨拶なさらず、お供も親しい者ばかり少し連れて紀伊の守の屋敷に移られた。

「あまりに急なことで」
「何も準備しておりませんので」
 と紀伊家の歌人は迷惑がるが、
「いいから、いいから」
 と誰も聞いてはくれないで、寝殿の東面をきれいに片づけさせて、急拵えの源氏の部屋とした。庭に面しては遣水の趣向など、それなりに趣向を凝らして作ってある。周囲には田舎家風の柴垣を廻らして、前栽など気を配って植えてある。風が涼しく、どこからか微かな虫の音が聞こえ、蛍が池や遣り水の上をたくさん飛び交って、いかにも夏らしい光景である。
 源氏に従ってきた供人たちは、渡殿の下から湧く泉の前に座って、酒を飲み始め、主人の紀伊守はご馳走の準備に走り回っている間、源氏はゆったりと庭や泉水を眺めながら、昨夜の話にあった、中の品の例に挙げていたのは、きっとこの程度の家の女性なのだろう、と想像していた。