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私の読む「源氏物語」ー3-

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 御所での宿直は惨ったらしいし、気取った局の女房などと一夜寝ても何となく寒々としか考えられないので、例の別れた女がどう思っているだろうか、体裁が悪くきまり悪いのだが、様子見を見てやろうと、雪が降るのもかまわず出かけていって見た。、こんな寒く雪をかき分けて訪れたのだから、いくらなんでも今夜は数日来の恨みも解けてしっぽりと濡れることだろう、と気を回して訪れたところ、灯火を薄暗く壁の方に向け、柔らかな衣服の厚いのを、大きな伏籠にうち掛けて、夫の帰りを待つために引き上げておく几帳の帷子などは引き上げてあって、今夜あたり夫は帰ってくると、待っていた様子です。やはりそうであったかと、得意になりましたが、本人はいません。私の用事をする女房連中だけが残っていて、『親御様の家に、今晩は行きました』と別に住んでいる親のもとに行ったと答えます。私のことを許していないのです。
 私を慕う味のある艶やかな歌も、思わせぶりな手紙も残さないで、そっけなく無愛想な態度であったので、拍子抜けしました。私に口やかましく容赦なく物言いをしたのも、自分を嫌になってくれ、と思う気持ちがあったからだろうかと、そんなことはあり得ない、と思ったのです、私の着る衣装が、いつもより念入りに、色合いや、仕立て方がとても素晴らしくて、やはり別れると言って私がここを去った後も、私に気を配っていろいろと世話してくれていたのでした。
 こんな事をして姿を隠しても、彼女は私にすっかり愛想をつかすようなことはあるまい、何回も文を出してみましたが、別れたいと言うこともなく、行方を捜し出してくれというのでもなく、遠慮気味な返事をくれました、ただ、『以前のような浮気心のままでは、とても我慢できません。改心して私一人が女であると落ち着くならば、また一緒に暮らしましょう』と言うことは必ず文の中に書いてありました。こんな強いことを言っても私のことを思い切れまいと思いまして、少し彼女を懲らしめようと、『お前の言うように考え直そう』と言わず、私はひどく強情を張って見せていたのですが、彼女はとてもひどく思い嘆き神経を病んで、亡くなってしまいました。冗談もほどほどにしないと取り返しのつかないことになるとつくづく思い知らされました。
 妻として生涯頼みとする女性としては、あの女が適していたと思い出さずにはいられません。実際あの女はちょっとした趣味のことでも実生活上で必要なことでも、相談役としては最も相応しく、染め物は紅葉を染める龍田姫と言っても不似合いでなく、裁縫は裁縫の神様織姫の腕前にも劣らないそんな腕前を持っていた、行き届いた女でした」
 と言って、左馬頭は亡くなった妻をしみじみと思い出していた。聞いていた中将が、
 「その織姫に負けないという裁縫の技術をひとまずおいても、永い夫婦の契りにあやかり長く夫婦を続けたいものだったね。なるほど、その龍田姫まさりの錦の染色の腕前には、誰も及ぶ者はいないだろうね。ちょっとした花や紅葉といっても、季節の色合いが相応しくなく、はっきりとしていないのは、何の見映えもなく、台なしになってしまうものだ。そうだからこそ、難しいものだと決定しかねるのですな、それからどうなったのかね」
 と、話をはずまされる。

 左馬頭は頭の中将におだてられて話はまだ続く、
「ところで、またその当時、まだ一人女が居まして通っていました、その女は品もあり、素早く歌を詠み、すらすらとした筆運び、つま弾く琴の音色よく、その腕前や詠みかたが、みな確かであると、私は思っておりました。美人でもありましたので、亡くなった嫉妬深い女を妻として通い、時々女に分からないようにこっそりとその女に逢っていました間は、とても気に入っておりました。嫉妬深い妻が亡くなって後は、妻には申し訳ないと思いながらも死んでしまったものに遠慮しても仕方がないし、こちらの身体も女と交わりたい気持ちが重く、誰に気兼ねもなく頻繁にこの女の許に通うようになってみますと、女が少し派手で婀娜っぽく美しくなまめいた様子で、風流めかしていることは、私には段々気に入らなくなり、とうてい妻には出来ない女と、たまに身体を求めるために通っておりましたところ、こっそり愛人をつくり心を通じていたらしいのです。それは、
 十一月の月が美しい夜でした、内裏から退出する際に、ある殿上人がわたしの車に同乗することになりました、私は父の大納言の家へ行って泊まろうと考えていましたが、この人が言うことには、『今宵は、わたしを待っている女がいます、そこに寄りたいのですが』と言います。私の帰る道筋は、時々おとづれる先程の女の家のあるところでどうしても通らなけれならない道でした。荒れた築地塀の崩れから見える池に月の光が映っていて、月でさえ泊まるこの宿をこのまま通り過ぎてしまうのも惜しいと思い、同乗の人もここで降りるというので二人降りました。
 私の行こうとする女の家と彼の目的の家は同じでした。前から約束していたのだろうと思います、この男はとてもそわそわして、それでも私が立ち去らないものですから、中門近くの渡り廊下の簀子に腰を掛けて、暫く月を見ています。菊は月の光を浴びて一面にとても色美しく変色しており、紅葉が風にのった勢いで散り乱れているのなど、荒れた庭でも美しいものだなあと、感心しました。
 男は懐にあった横笛を取り出して吹き鳴らし、催馬楽の「飛鳥井」の一節、『飛鳥井に 宿りはすべし や おけ 蔭もよし みもひも寒し 御秣もよし』などと合い間合い間に今宵はここに泊まりたいという意味の歌を謡うと、室内からはそれを聞き入れるように良い音のする和琴、はじめから男の来ることを予想して調子が調えてあったもので、きちんと合奏していたところは、悪くはありませんでした。ややくだけた調子は、女性がもの柔らかく弾いて、御簾の内側から聞こえて来る、今風の楽の音なので、清く澄んでいる月にふさわしいものでした。その男はひどく感心して、御簾の側に歩み寄って、
 『庭の紅葉を、踏み分けた跡がありませんね、誰も尋ねてくる人がないのですか』
 などと嫌がらせを言います。菊を手折って、
 琴の音も月もえならぬ宿ながら
  つれなき人をひきやとめける
(琴の音色も月も素晴らしいお宅ですが、薄情な男を引き止めることができなかったようですね)
『これは悪いことを言いましたか』
 などと言って、
『もう一曲、喜んで聞きたいというわたしがいる時に、弾き惜しみなさいますな』
 などと、男はひどく色っぽく含み有ることを言いかけますと、女は、声をとても気取って出して、
木枯に吹きあはすめる笛の音を
  ひきとどむべき言の葉ぞなき
 『冷たい木枯らしに合うようなあなたの笛の音を、引き止めるだけの良い言葉を私は持ち合わせておりません』
 と色っぽく言葉で絡み合います。私が聴いていて憎らしくなってきたのも知らずに、二人は、筝の琴を盤渉調と言う雅楽の音階、十二律の十番目の音を主にした調子で、今風に掻き鳴らす爪音は、上手く弾きこなしているのですが、私は目を覆いたい気持ちが致しました。