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私の読む「源氏物語」ー3-

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 また、宮中の画工司に絵描きの名人が多くいますが、宴席で趣向の絵の描き手に選ばれて大勢の絵描きが並び出て作品を見せられた時、どの作品がよいのか悪いのか優劣が付けられません。けれども、伝説の蓬莱山や、荒海の中にいるという恐ろしい魚の形や、唐国の見たこともない猛々しい獣の形や、空想の鬼の顔などで、それらしく描いた物は、私らの想像以上に目を驚かして、実物には似ていないでしょうが、それはそれで通ります。
 ありきたりの山の姿や、川の流れや、見なれた人家の様子は、絵に写し取ればなるほどそれらしい、親しみやすくおだやかな作品に見えます。また、普通の険しくもない山の風景や、こんもりと茂った林、近くの垣根の中、それぞれに心配り、配置などを、名人は本当に上手い筆力で描き、未熟な者にはとうてい及ばない作品が多いようです。
 書道でも、書家が素養はなくて、あちらの線を長く、こちらの点にしゃれた味をだし、どことなく気取って見えるようなのは、ちょっ目には才気がありひとかどの書家のように見えますが、だが、正当な書法を根気よく習得しているものは、表面的な筆法は隠れていますが、もう一度よく見比べると、やはり後者の方が本物として心が惹き付けられるものです。
 芸事でさえこうでございます。まして人間の問題ですから、技巧だけで男と接する女には、永久の愛が持てないと私は決めています。 こんな事をお話すると、女好きな多情な男にと私を思いになるかもしれませんが、その最初の例を、いろっぽいお話ですが申し上げましょう」
 と言って、左馬頭は声を細めて話そうと、二人の方へにじり寄るので、源氏も気配に目を覚ます。中将はひどく本気になって、頬杖をついて源氏に向かい合いに座っている。その間に割ってはいるように左馬頭が座っている、丁度法師が説法を聞かせているような感じがするのも、おかしくないこともないのであるが、この機会に各自の恋の秘密を持ち出されることになった。

 左馬頭の話はまだ続いた。
「私がまだ若い頃、まだ下級役人でございました。一人の女を愛しいと思って関係を結び女の家に通うておりました。先ほどからの話のように、顔かたちなどはさほど優れておらず、若いうちの浮気心から、この女性を生涯の伴侶とも思い決めませんで、妻とは思いながら、女として物足りなくて、他の女性と関係が出来てそちらの方に通い詰めておりましたところ、妻は大変に嫉妬をいたしました。私としてはそんな女の嫉妬が嫌で、この女もう少しおっとりとしていたら良いものをと思いながら時々通って別れることもせずにおりましたが、女はひどく厳しく私のことを疑いながらも別れようとは言葉に出して言わない、私のようなつまらない男に愛想もつかさず、どうしてこう愛しているのだろうと、妻を気の毒に思うこともありまして、自然と浮気心も収まってくるのでした。
 この女の性格は、もともと自分の不得意なことでも、何とかして夫の喜ぶためにはと、
懸命に努力をして、つまらない女だと見られないように努力する。そうしてどんなことにも、一途に夫の世話をし、少しでも意に沿わないことのないようにと思っていたのでしょう、私も気の勝った女だと思いましたが、次第に言うことをきくようにり性格も柔らかくなり、元々余り綺麗じゃなかったことから、この私に嫌われやしまいかと、厚化粧し、そこらの人に顔を見せたならば、夫の恥になるとばかり、遠慮しあまり外にも出ない生活をしているうちに、性格もまあまあ良くなりました。ただこの憎らしい嫉妬の性質一つだけは、直りませんでした。
 その当時に思ったことは、このように私に惚れ抜いている女だ何時捨てられるかとおどおどしている、この彼女の思いを利用して何とか懲りるような仕打ちをして脅かし、この嫉妬深い性質を直してやろうと考え、本当に別れてしまう態度をとったならば、それほどわたしに連れ添う気持ちがあるならば懲りるだろうと、わざと薄情で冷淡な態度を見せて、怒って恨み言を、
 『こんなにお前が我が強いなら、どんなに夫婦の仲が深くとも、もう二度と逢うことはあるまい。だから、こんな邪推をしたい放題するがよい。お前が私と将来長く連れ添おう気持ちがあるならば、私に嫉妬心が起こっても、我慢して何ということもないわい、、とその歪んだ心が消えてしまったら、お前はとても愛しい女だと思うよ。人並みに出世もし、もう少し上の位になった時には、お前は、他に較べる人がないほどの立派な正妻になっているよ』
 などと、うまく言ったものだと、調子に乗っていますと、聞いていた女は少し微笑んで、
『貴方が下級官吏である間、じっとこらえて、いつかは出世なさるだろうと待っていることは、待ち遠しいことですが、苦にもなりません。貴方の浮気を我慢して、その女好きがいつになったら直るのだろうかと、これは当てにならない期待です。その思いに年月を重ねていくことは、大変辛いことですから、このさいお互いに別れるのによい潮時です』
 と憎らしげに言うのです。私も腹が立って、憎たらしい言葉を投げつけますと、女も黙っていない性格でおもいっきり雑言を返してきて、あげくの果てに私の指を一本引っ張って噛みつきました。私は思いっきり、
『このような傷まで付けられては役人生活もできるものでない。貴女が軽蔑なさるような下級官職で、こんな姿でどうして出世が望めますか。こうなれば出家しかない我が身のようだ』
 などと脅して、
『それでは、今日という今日が別れのようだ』
 と言って、噛まれた指を折り曲げて出てきました。
 手を折りて相見しことを
  数ふればこれ一つやは
       君がうきふし
(お前との結婚生活を指折り数えてみると、お前の噛んだこの指だけがお前の嫌なとこだ)
 お前の言うことはあるまい』
 などと言いますと、女は強くは言ったものの涙ぐんで、
 うき節を心一つに数へきて
        こや君が手を
    別るべきをり
(あなたの辛い仕打ちを胸の内に堪えてきましたが今は別れる時なのでしょうか)
 などと私の歌の端端を取り上げて未練がある気持ちを詠い込んでいましたから、言い争いましたが、本当は別れようとは思ってもみなかったのですが、何日も便りもせず、浮かれ歩いていたところ、賀茂の臨時の祭の奏楽の練習が御所で夜更けまで有り、ひどく霙が降る夜、めいめい退出して分かれると一人になり、考えてみると、やはり自分の家は他にはなく嫁の許に返るしかなかったのでした。