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私の読む「源氏物語」ー3-

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 こんなこと理解のない妻に、うっかり聞かせますか、聞かせたらそこらに吹聴するかもしれません、と思いますと、聞きたがる妻にそっぽを向いてしまい、自分だけ分からないところで思い出し笑いをして、『ああ』と、つい独り言を洩らすと、それを聞いていたのか『何事ですか』などと、妻は間抜けた顔で夫を見上げる。どうして自分が疎外されていることに気が付いて残念に思わないのでしょうか。
 だが子供っぽく、柔軟な女を、いろいろと教え諭してよく気の付く妻としたいものです。心配は残りますが、きっと直し甲斐があったという気持ちがするでしょう。
 まあ一緒に生活するぶんには、気の付かない妻でもかわいらしさがあれば許され側に置いといても好いのですが、夫と妻二人が離れて暮らしていては必要な用事などを伝えて、時節にしなければならない風流事に実用事など粗相がないようにしなければならない。妻が自分では判断ができず深い思慮がないのは、、やはり困ったものでしょう。普段はちょっと無愛想で親しみの持てない女性が、何かの事に思わぬでき映えを発揮するようなこともありますからね」
 などと完璧な論客である左馬頭も、結論を出しかねて大きく溜息をつく。

 左馬頭は更に続ける
「今は、家柄も考えない。べっぴんさんでなくても問題ではありません。ひねくれた性格でさえなくただひたすら実直で、落ち着いた心の女性を、生涯の伴侶として考えるのがよいですね。しみじみとした味わい情趣を解する心や気立てのよさがその上あるならば、それを幸いと思い、少し足りないところは無理に期待し要求しない。のんびりとした性格さえあれば、気だての優しさや味わい深い性格は、自然と身に付いてくるものですから。
 思わせぶりに色気を出して恥かしがって、恨み言をいえない風に我慢して、表面は何げなく平静を装い、どうにも自分の胸に納まりきれない時には、聞いたこともない恐ろしい言葉や、辛い悲しい和歌を残し、思い出になる形見を残して、深い山里や、辺鄙な海浜などに姿を隠してしまう女がいます。
 子供のころ、女房などが物語を読んでいたのを聞いて、その内容がとても気の毒に悲しく、涙までを落としました。今から思うと、とても軽々しい感じで、わざとらしく思っています。愛情の深い夫を残して、たいしたことでもないのに、夫の気持ちを自分に向けようと姿を隠して、夫を慌てさせ、旦那の本心を見てやろうと計画するが、それがつまずきとなって一生後悔しなければならないことになってしまうのは、大変につまらないことです。ましてこんな女は周囲の女達から『よく決心なされた、なかなかのお考えだ』なんて、褒めちぎられて、いい気になり、そのまま尼になってしまった。思い立った当座は、まことに気持ちも悟ったようにすっきりとするのか、つい先までの世俗の生活を振り返ってみようなどとは思わない。
『まあ、何とおいたわしい。こうまでもご決心されたとは』
 などと、知り合いの人が見舞いに来たり、諦めきれない夫が、聞きつけて戻るようにと涙を流して哀願すると、召使いや、老女たちなどが、
『殿は深い愛情をお気持ちなのに。尼になるなんで本当に惜しいことです』
 などと言う。尼になった女は、自分でも額髪を触って、剃り落としてつるつるの頭を触って今の自分の立場に気が付き心細くなって、泣顔になってしまう。ぐっと堪えるのであるが、涙がこぼれ出してしまう。何かの拍子にふと昔を思い出して我慢もできず、後悔も色々と現れて、こんな気持ちでは仏もなんて未練がましい女と、きっと見ていることだ古今集、夏の歌に「はちす葉の濁りにしまぬ心もて何かは露を玉とあざむく」とあるように、生半可な悟りようではかえって悪道に堕ちることになる、悟りきれないで仏道に入っては、かえって暗闇に堕ちてさ迷うことになるに違いないと思います。
 切っても切れない前世からの宿縁も浅くなく、尼になろうとするのを無理に止めて、そのまま連れ添うことになって、あのような夫の浮気の時にもこのような腹が立つ時にも、お互い知らないふうにしている夫婦仲こそ、愛情も深く厚いと言えます。先の夫婦は、自分も相手も、不安で自然と気まずくならないでしょうか、気まずくならずにはいられません。

 また、次第に愛情が冷めてきた夫を恨んで、女が態度に表わして離縁するようなのは、これまたばかげたことでしょう。愛情が他の女に移ることがあったとしても、結婚した当初の愛情を思い出して懐かしいと思うならば、そうした二人の縁の仲間と思っていることもきっとあるでしょう。夫の心が分からないと言って逃げ隠れしたり、それが更に進んで尼になったり、夫の浮気の相手を恨んだり、そのようなごたごたから、夫婦の仲まで切れてしまうのです。
 総じて、どのようなことでも心穏やかに、嫉妬は少し知っているようにほのめかすだけ、恨み言を言う時もかわいらしく夫に甘えながらそれとなく言えば、かえってお互いの愛情も一段と増すことでしょう。大体、夫の浮気も妻の取る甘い態度から収まりもするのです。やたらに夫の行動を勝手に放任しておくのも、妻として気が楽で夫はかわいいいと思うと考えるらしいようだが、いつのまにか女は夫から軽く見られるようになるものです。舟は固く繋いでおかないと水の流れによって何処かへ行ってしまいます。女も考えないと、そうではございませんか」
 と左馬頭が蕩々と述べると、中将はそうだと頷く。そうして中将は
「今目の前にいる男を、さし当たって、美しい、気立てがよいと思って気に入っている。その男に疑いをかけるということは重大でしょう。自分の気持ちをぐっと押せて大目に見てやっていたら、男が気持ちを変えてこの女と添い遂げないこともないだろうと思われますが、そうとばかりも言えないでしょう。いずれにしても、夫婦仲がしっくりいかないようことがあってもそれを、気長にじっと堪えているより以外に、二人の仲を修復する良い方法はないようですな」
 と頭の中将は自分の妹で源氏の妻となった妹葵の上のことを思って、この二人は今自分が述べた言葉に当てはまると思っていた。ところが、源氏はその中将の言葉を聞いているのかいないのか、居眠りをして中将の言葉に何も反論をされないのが、物足りなく不満に思う。左馬頭がこの評定の博士になって、さらに弁じ立てていた。頭中将は、この弁論を最後まで聴こうと、熱心になって、受け答えしていらっしゃった。左馬頭は女の品定めの審判者であるというような得意な顔をしていた。そうして更に色々と自分の考えを述べ立てた。頭中将は、この弁論を最後まで聴こうと、熱心になって、受け答えしていた。
 左馬頭は
「いろいろのこと例にしてお考えください。木工の匠がいろいろの物を思いのままに作り出すのも、その場でひらめいた考えの物で、そうした型ときまりのないものは、見た目には目新しく洒落ている、なるほどこういうふうにも作れるのだと、趣向を変えて、目先を変えた物に目が移って趣のあるものもあります。
 本当にそれがなければならない道具大切な調度品で一定の様式があるような物を上手に制作するのは名人でなければできないことです。やはり本当の名人は、違ったものだと見分けられるものでございます。