私の読む「源氏物語」ー3-
と言って、友人の頭の中将が何でも知っている様子である。源氏は彼の言葉に興味が惹かれて、
「中将の言う身分というのは、どのように考えたらよいのか。どう三つの階級に分けることができるのか。例えばかっては階層が高い生まれでありながら、今の身の上は落ちぶれ、位が低くて人並みでない人。また一方で普通の人で上達部などまで出世して、得意顔して邸の内を飾り、人に負けまいと思っている人。その区別は、どのように付けたらよいのだろうか」
と源氏が尋ねているところに、左馬頭や藤式部丞が御物忌の宿直としてやってきた。二人は当代有名な好色者でしかも弁舌が達者なので、頭中将は待っていましたとばかり、さっきからの問題になっている女性の身分による違いを説明してお互いに議論を戦わす。その内容は人に聞かせられない細部に渡った話が多かった。
「成り上がっても、元々の出がいまの位に相応しくない家柄の者は、世間の人の見る目は、そうは言っても、やはり特殊なものです。また、元は高貴な家筋であるが、世渡りが下手で人脈がなく、時代に乗り遅れて、評判も落ちてしまうと、その者は気位だけは高くても思うようにならず、不体裁なことなどが生じてくるもののようですから、それぞれに分別して、中流の位置に置くのが適当でしょう。
受領なんか、地方の政治に掛かり切りにあくせくしている、身分の定まった中でも、またいろいろと段階があって、中位の者でまあまあの者を、選び出すことができる世の中です。そこらの三位の上達部よりも四位の非参議連中で、世間の評判も良く、出身階層もそこそこの人が、あせることなく暮らしているのが、いかにもさっぱりした感じですよ。
暮らしの中で不足する物はそれなりにまかせて、人目にさらすようなことなく大切に世話している娘などが、欠点もないほどに成長しているのも多くいるでしょう。そんな娘が更衣として宮仕えに出て、思いがけなく帝の目に止まり幸運を掴んだ例なども沢山あるものです」
左馬頭が言うと、
「要するに、金持ちでなければ駄目だということだね」
と言って、源氏が笑いになるのを、
「他人が言うように、源氏さまは分かっておっしゃるんですか」
と頭の中将は言葉を挟む。
「身分も、世の中の信用もあり、高貴な家で家の中での躾と教育が劣っているという家は、まったく今更言うまでもないが、どうしてこんな娘に育てたのだろうと、残念に思われましょう。兼ね揃って優れているのは当たり前で、この娘こそは当然のことだ、選ばれるのは当たり前のこと、気持ちも動かないでしょう。わたくし達では考えも及ぶ範囲ではないので、高貴な方のしかも上階級は措いておきましょう。
ところで、世間で評判にならず、寂しく荒れた草深い家に、思いがけない女性がひっそり男の目に触れないようにと閉じ籠められていることがあります。この上なく珍しく思われましょう。どうしてまあ、こんないい娘がいたのだろうと、屋敷の状態から想像していたことと違って、不思議に気持ちが引き付けられるものです。
父親が歳を取り、みっともないほど太り過ぎ、兄弟達の顔憎たらしくて、想像してもたいしたこともない家の奥に、娘がたいそう誇り高く、ちょっとした芸事でも、上手そうに雅趣ありそうに見えるような、生かじりの才能であっても、鎌かけてみると意外なことに面白いものです。
特別に欠点のない女性選びは実際に難しいでしょうが、それでも意外にも興味が惹かれるものです」
と左馬頭は言って、式部を見る。式部の妹たちが評判の娘であることを彼は知ってておっしゃるのか、と左馬頭の言葉を受け取ったのであろう、式部は何とも答えない。
「さてどんなものか、上の品と思われている中にも、色々とある難しい世の中なのに」
と、黙って聞いていた源氏は思ったようである。白い柔らかい感じの上に、直衣だけを気楽に着て、紐も結ばずに、物に寄り掛かっている大殿油の光に映る姿は、とても素晴らしく、女性と見間違うほどである。この源氏に合う女は、上の上の女性をあてがっても、満足で出来ないとおもう。
さまざまな女性について議論し合っていって、左馬頭はさらに、
「大体通り一遍に見ると何の欠点もないような女でも、妻としもいい女性を選ぼうとすると、たくさんいる今言った女の中でも、なかなかこれはと決めにくいものですね。男性が朝廷仕え、しっかりとした政治の中心となるような人の中でも、真の優れた政治家と言えるような人物となると、難しいことでしょう。しかし、優れた者といっても、一人や二人で政治というものを執り行えるものではないから、上役は部下の者に助けられ、部下は上の人に従って、政治は各般に渡るから互いに委ね合っていくでしょう。
狭い家の主婦という女性ついて言いますと、できないでは済まないいくつもの大事が、家庭内に多くあります。ああ思えばこうであったり、何かと食い違って、不十分ではあるがまあまあこなしていける女性少ないと思いませんか。浮気気持ちで、沢山の女性と付きあうのではないが、何とかして、ひたすら伴侶としたいばかりに、同じことなら、結婚してからああだこうだと教えなくてよい、そんな気に入る女性はいないものかと、選り好みしていると、なかなか相手が決まらないでしょう。
自分の理想通りの女ではないが、見初めたのは前世の約束だと思っている人は、誠実で、伴侶にも、奥ゆかしいものがある、と推量されているのです。しかし、世の中の夫婦の有様をたくさん拝見してますと、想像以上にたいして羨ましいと思われる女はありませんよ。最上流の公達の奥方選びには、なおさらのこと、どれほお似合の女性がおいでになりましょうか。
少しばかりべっぴんで、若い年頃で、自分自身では欠点を見つけられないように振る舞い、手紙を書けば、おっとりとした言葉選び、墨も淡く男の心を引きつけ、もう一度はっきりと見たいとじれったく待たせ、かすかな声を聞こうと男は言い寄っても、わざと息を殺して声小さく言葉少なくするのが、とてもよく欠点を隠すものですなあ。色っぽい女性だと見ると、度を越してなよなよとするのに調子を合わせると、いつの間にか自分は浮き上がってしまっています。こんな女と接することが、第一の難点と言うべきでしょう。
嫁として、疎かにできない夫の世話という点では、風流性に傾き過ぎ、ちょっとした所作に何となく色気があり、自分の趣味を表に過度に出す、というのはどうかと思うのです。またその一方で、家事一点張りで夫の世話は全くしない、頭髪を耳の後ろに束ねて飾り気のない主婦で、ひたすら世帯じみた世話だけをするこうした女も困ったものだ。
夫が夕に帰宅するや、夫に目に触れ耳に聞いた、公事や私事、他人の振る舞い、善いこと悪いこと無性に聴きたがります。こんなこと他人に言いますか。理解してくれる妻だからこそ語り合いたいものだと思うでしょう。微笑ましいこと、涙ぐんだり、あるいはまた、無性に腹が立ったり、胸の内に収めておけないことが多くあります。
作品名:私の読む「源氏物語」ー3- 作家名:陽高慈雨