私の読む「源氏物語」
この女は先帝の御代から内裏に上がっていて、あちらの宮とも今も親しく交際していたので、四宮とも幼少の時から拝見し、今でも逢うたびに、
「お亡くなりになった御息所のご容貌に似ていらっしゃる方、何代も内裏で働かせていただいた中で一人も拝見できませんでしたが、本当に良く似ていらっしゃいます。世にもまれなご器量よしのお方でございます」
という噂が広がり、ある者が帝に奏上した。
「本当にそんなに似ているのか」
と帝は更に詳しくお聞きになった。一度逢ってみたいものだと思われて、女官の長に告げられた。
このことを聞いた四宮の母御は、
「これは恐ろしいことを聞いたものだ、あのきつい春宮の母親弘徽殿の女御がおられ、その勘気で桐壺の更衣は亡くなられたではないか、そんなところへ娘はとうてい上げることは出来ないこと」
とためらいなさって、すらすらと事は運ばなかった。そのうち母御も亡くなりになってしまった。
四宮は母親が亡くなり頼みに思う人が居なくなったので大変心細い有様であった。帝はそれをお聞きになって、
「私の姫皇女たちと同じように思い申そう、後見人は私がなろう」
と、丁重に礼を尽くして内裏にお出でになるようにお伝えになる。四宮にお仕えする女房たちや、御後見人たち、ご兄弟の兵部卿の親王などは、
「こうして心細く住まいしているよりは、帝のお気持ちを受けて、内裏で暮らしたほうが、きっと悲しい気持ちが晴れて心が慰むようになりますよ」
などと言われるので、四宮も参内するように決心して帝にお答えなさった。
藤壺は飛香舎、清涼殿の北側、弘徽殿の西側にある局である。内裏に上がられた四宮は藤壺にお部屋を与えられて「藤壺の女御」と呼ばれるようになった。噂通りに藤壺の女御は亡き桐壺の更衣によく似ておられた。
さらにこの方は、身分も一段と高いので、そう思って見るせいか素晴らしくて、数ある帝のお妃方も先の桐壺の更衣のように蔑むようなことは出来ないので、誰に憚ることなく自由に振る舞うことが出来た。
亡くなった桐壺の更衣は、後見人もないということで周囲の人が承知しなかったところに、帝の御寵愛が考えられよりも遙かに深かったので、それが女御、更衣達から憎らしいと思われたのである。この四宮であった藤壺の女御に帝のご愛情が、悲しんでいた桐壺の更衣の死の気持ちに紛れこんだのではないが、藤壺と何回も顔を合わせ話をするうちに、自然と帝の心が移って行き、ついに二人は慰み合うようになったのも、人情の性というものであった。
親王から臣下になった二ノ宮の源氏は、それでも帝の傍から離れにならないので、頻繁にお渡りする藤壺は、恥ずかしがってばかりいらっしゃれない。どの女御や更衣のお妃方も自分が人より劣っていると思っていない、事実それぞれとても素晴らし女房であるが、年を取っておいでになる。それに対して、この度上がられた藤壺の女御はとても若くかわいらしい様子で、あまり目立たないように装っておられるが、自然と目立ってしまう。
源氏は幼いときに母の桐壺の更衣を亡くしたので母の桐壺の更衣のことは、顔かたちすらご記憶でないのであるが、
「藤壺様は貴女のお母様に大変によく似ていらっしゃる」
と、典侍が源氏に申し上げたのを、源氏もそうなのかなと藤壺をとても慕わく思い申し上げなさって、お側に参り親しお逢いしたい、と思われた。
帝もこの上なくかわいい源氏と藤壺なので、「源氏のことを嫌がらないで。この子の亡き母親と貴女が良く似ているので源氏の母君にお見立てしてよいような気がする。失礼だとお思わないで、可愛がってやってください。本当に藤壺、顔だちや、目もとなど、大変によく似ている、母君のようにこの子が見ること、また二人が母子として似つかわしいと思いますよ」
などと、帝がお頼み申し上げなさっている。それを聞いて源氏は幼心にも、ちょっとした花や紅葉にことつけて自分の気持ちを藤壺に伝える。
そのようなことから帝はこの上なく好意を藤壺にお寄せになるので、春宮の母御、弘徽殿の女御は、またこの藤壺ともお仲が好ろしくない、それに加えて、もとから源氏への憎しみももり返して、不愉快だとお思いになっていた。
源氏は世の中にまたとないお方だ、と評判高くおいでになる、ご容貌に対しても、やはり照り映える美しさにおいては比較できないほど美しい、そこで世の中の人は、「光る君」と呼ぶようになる。藤壺も同様に帝の源氏への寵愛が厚いので、「輝く日の宮」とお呼び申し上げる
作品名：私の読む「源氏物語」 作家名：陽高慈雨