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私の読む「源氏物語」

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私の読む「源氏物語」
 
     桐壺
       
 この物語はいつの帝の時代のことであったろうか。帝を取り巻く女性は皇后・中宮・妃・女御・更衣と呼ばれる上から順の地位の女が帝の夜の伽をする帝専用の女である他の男との交わりは許されない帝専用の女である。女御が主にその勤めを果たしていた。
 桐壺帝の御代である。夜の勤めを果たし昼は側に仕えて日常の世話をする女御と更衣が沢山側近くに仕えていた。帝の意志にかかわらずに夜の伽をする女は上﨟に依って指名されて帝と添い寝の任に当たる。帝の気持ちは考慮されないのであるが、当然女が妊娠するということはあったはずで、そのことが女御・更衣の主勤めであるのだから帝と関係を持った女は男のこの出産を願った。
 桐壺帝は知らされているのは男の子供一人である、出産した女御は中宮と呼ばれ今や女官達の頂点に立ち女官達の中心になっている。弘徽殿女御(こきでんのにょうご)と呼ばれ右大臣の娘という立派な後ろ盾があり、皇太子となる男児が生まれたということは即、帝の奥方として承認されたことである。桐壺は子供に会いたいと思うが自由には逢えない、彼女が子供を連れて自分の館に帰っているからである。子供は女の父方で育てるしきたりである。
 そのころ、帝の住まいである清涼殿の女官達に与えられた部屋、局が立ち並ぶ棟の最も帝の御座所から遠くの一室に一人の更衣が召されて住まいをすることになった。更衣という一段下がった位であるから必要な後ろ盾となる人物もない者であった。大納言を父に持つといってもすでに故人になった人であると同僚達は聞いていた。静かな物数の少ない女で、着ている装束も女御に較べて色の制限があるのでもう一つ目立たない地味な物である。時折召されて帝の傍に勤めるが隅の方に隠れるように座っていて同僚達が色々と話す輪の中にも入ろうとせずにおとなしく笑顔で聞いている。 
 そんな女に、いつもの話しに聞きくたびれた帝の目が自然と移った。おや、っと帝の目につくものがあった。
「この女はいつから私の傍に仕えるようになったのか」
 桐壺は見慣れない女官の姿に、つい声にだして、
「そなたいつからこれえ参ったのじゃ」
 女が答える前に一座の長の女房が、
「数日前に召し抱えました新参者で御座います、先に亡くなりました高成大納言の娘で美作の更衣と申します」
 桐壺は藤原の家系の外れの方にある彼女の父親の名前がかすかに記憶にあることを思い出した。しかしどんな男かはまったく知らなかった。藤原の家系でも本流からはずれた者達は昇殿は許されなかったから桐壺の前に現れることは全くなかった。身分は大納言であるが五位以下の貧乏公卿であった。
 それではどんな伝手を使って女官になったのであるか。桐壺はそんなことは考えないし、思いもしないから質問はそこで終わった。
 話題は、女官達が気に掛かっている物語本などのことに移っていき桐壺はその聞き役であった。

「今夜宿直をなさって下さい」
 女官の長からの連絡で美作の更衣はついに番が来たかと思った。帝のお側に上がることは体を求められることであることは覚悟していたのでさほど驚かなかった。それでも多くの女御の方や更衣の方々がお側近くに仕えておられ、それぞれが立派な後見の方をお持ちになっておられるのに、どうして私のような者がと、帝に対して失礼でも有ればという心配があった。
 夜も更けて時間になると使いの者が、
「ご用意を」
 と迎えに来た。更衣は里にいる頃に何人かの男との経験があり、男と女の夜の交わりはどういうことかは分かっていたので、薄物をまとい表を羽織って準備をしていたのですぐに使者の後に従った。帝の寝所までは相当の距離があった。
 彼女は帝に初めてあった時に、このお方は私と相性がいいと感じていた。ふくよかな体全体から高貴な人の香りと知性が彼女の神経に響くものがあった。この人ならば私は何の懸念もなくお仕え出来る、瞬間的にそう彼女は感じ取った。帝に呼ばれて彼女は嬉しくて長い廊下を歩きながら動悸が治まらなかった。
「参上いたしました、美作で御座います」
 几帳の外から声をかける。入ってお出での声に従って几帳を上げて中に入り帝に深く頭を下げた。そのままの姿で帝の声を待った。帝は上向きに寝て静かに目をつむっていたが、一向に動こうとしない女に、
「傍にお出で」
 と声をかけた。
 体を斜めに足を曲げて薄物の裾を挟み静かに更衣は帝の左横に滑り込み右を下にして帝の方を向いて横臥した。彼女の胸元が僅かに広がり両方の乳房が一瞬帝の目に焼き付く、可愛らしく垂れ下がり赤みがあるように帝は見た。
 更衣はそのまま動かない、黙した時が長いように感じた。帝は彼女が恐れているのかと思ったが触れあった感じではごく自然体で横臥しているのである。帝は何時も横に来る女とは様子が少し違う、そのまま暫くは自分も黙したままでいた。女の温もりが左側から感じた。女は静かに帝の顔を見つめ静かにしている。帝が動くのを待っている。更衣は里で男と関係した時は、男はすぐに行動に走ったものだと。だが今横にいるこの人は全然それがない。更衣はさらに男の動きを待った。
 帝は、女の体温が自分の体中に充満した時にごく自然に手が伸びて女を引き寄せた。細身の軟らかい女体を感じた。
「うれしい、お上、嬉しい」
 耳元で女は囁いた。高貴な方と交わる光栄と、元々の念願であった内裏参上が適った嬉しさがついこのような言葉になった。 
 しばらく女は帝に体を預けていたが、やがて帝の柔らかい手を取り自分の手を添えて胸に持っていった。女は帝から目を逸らさずじっと目を凝視していた。
 そのまままた時間が経った。帝の指が女の手の中で次第に動き出し乳をいたぶるように揉み出した。女はその手を取って更に下へ導き熱くなった自分の秘部に誘った。その瞬間帝は
「あっ」
 と小さく驚きの声を上げた。
 女は帝を導いて一つに重なった。明けるまで何回も愛し合った。帝から積極的に。

 更衣が去った後、帝は女から受けた衝撃を思い起こしていた。かってない男女の交わり方をした女の体が深く帝の体に余韻を残していた。帝は今夜の夜伽も彼女だと決めた。次の日もまた次の日も夜伽を女官に、あの更衣を召すようにと言い交代を告げなかった。体だけでなく接するたびに彼女の持つ深い知性に惹かれていった。

 帝を取り巻く女御、更衣は大勢犇めいていた。親王家、左大臣、右大臣の娘達が占める女御。大納言、中納言の娘達がなる更衣、そんな中に混じって美作の更衣が一段と光り輝くようになった。いうまでもなく帝の寵愛を一身に受けるようになったからである。
 出身の門閥、美貌、学問、歌の道、書の道そのいずれにも自信がある女の中から、帝のおぼえ目出度く独り占めにした更衣。彼女に対する同僚先輩の女御、更衣達の妬みは例えようもない凄いものであった。特に同僚の妬みは日々に増していき、お側に仕えるに当たってもわざと失態を演じるようにし向けたりして、居並ぶ殿上人達を不愉快にさせるようなことが度々あった。
作品名:私の読む「源氏物語」 作家名:陽高慈雨