英雄の証
四十年に一度怪物を送り込むという約束通り、怪物がメミスの都に攻めて来て、メミスは大きな打撃を受けてしまった。この四十年に一度という日は、国の守護神ムーミストの力が最も弱まってしまう日でもあったのだ。
レザービトゥルドの送り込んで来る怪物は都市に大きな打撃を与えるが、滅亡までには至らない。レザービトゥルドの目的はあくまで自らの手でメミスを滅ぼすことであり、送り込む怪物はメミスの民に恐怖を与ええるためのものなのだ。
一度目の怪物の襲撃で思わぬ打撃を受けてしまったムーミストは策を講じることにした。
ムーミストは四十年に一度の来るこの日のことを聖戦と呼び、この日に備えて準備を講じ、ある魔導具を用意したのだった。
玉座に座った巫女は話を続けていた。
「うぬらにはここにいるキルスと共に〈血の雫〉を取って来てもらいたい」
この〈血の雫〉こそがムーミストが用意した魔導具である。
レザービトゥルドを向かい撃つために選ばれたラーザァーは、強い魔力を得るために〈血の雫〉を取りに行かねばならない。これを取って帰って来た後に儀式をすることによって正式なラーザァーとなれるのだ。
〈血の雫〉と呼ばれる真っ赤な宝石の形をしているもので、この魔道具はムーミストが四〇年の年月をかけて自分の魔力を結晶化したもので、魔導士が服用し一時的に強大な魔力を得ることができる。
〈血の雫〉は四〇年で六個しか作られず、そのためにラーザァーの数は六人と決められている。
巫女の横にいたキルスが前へ一歩出た。
「明日の早朝、私と共にザルハルト山へ向かってもらう。今日から君たちラーザァーは責務を終えるまでこの神殿で暮らしてもらうこととなる」
〈血の雫〉は険しい山道を進んだ先の洞窟の中に厳重な封印をされ保管されて、洞窟にかけられた封印を解くには巫女の双子である神官長の力が必要になり、その神官長がラーザァーを導き、〈血の雫〉を取りに行くことが仕来りになっている。
ラーザァーを神殿に待機させるのは戦いの日が来るまで厳重に警備下に置くという理由と、この神殿内に流れる神聖な力が魔導士の潜在能力を最大限まで引き出してくれるからだ。
ラーザァーたちの後ろに立っていた侍女たちが恭しく頭を下げ、その侍女たちについてキルスが説明をした。
「後ろにいる侍女たちが君たちに与えられた部屋まで案内する」
アレクに近づいて来た侍女は恭しく頭を下げた。
「お部屋まで案内いたします、わたくしに付いて来てくださいまし」
「ああ頼む」
アレクたちが歩きはじめようとすると、他の侍女の腰に手を回しているシルハインドがアレクに軽く手を振った。
「アレク、後でおまえの部屋に行く。では、また会おう!」
歩き去ったシルハインドの背中にアレクが言葉を吐いた。
「まったく、女好きさえなければいい奴なのだがな」
この言葉を聞いてアレクの横にいた侍女は顔を赤らめながら聞いた。
「アルフェラッツ様は女の方がお嫌いでございましょうか?」
「いいや、そういうわけでもない」
「でしたら、お部屋でわたくしのことを抱いてくださってもいいのでございますよ」
「戯言を申すな!」
「申し訳ございません。ですが、やはりアルフェラッツ様はお堅い方なのでございますね。気品に溢れていらっしゃり、真摯な心を持つアレク様はわたくしたち侍女の間でも噂の的になってございます」
「そんな話はどうでもよい、早く部屋に案内してくれ」
「畏まりました」
歩き出そうとした侍女とアレクを玲瓏たる声が止めた。
「待つのじゃ」
アレクは身の毛もよだつ思いだった。その声は巫女以外の誰でもない声。その声に呼び止められてしまった。
ゆっくりとアレクが巫女の方を振り向くと、すぐにキルスが近づいてきてアレクの横にいる侍女に話しかけた。
「アレク・アルフェラッツに巫女が直々にお話しがある、おまえは外でアルフェラッツを待っていろ」
「畏まりました」
侍女は恭しくキルスにお辞儀をすると、部屋の外に出て行ってしまった。
残されたアレクは不思議な顔をしてその場に立ち尽くすことしかできなかった。なぜ、自分だけが残されてしまったのかわからない。不安が頭を過ぎる。
硬直するアレクに対して巫女が妖艶な顔で微笑む。
「近う寄れ」
「はい」
アレクは巫女に誘われるままに歩き出した。その動きは操り人形のようだ。
約2メティート(2.4メートル)の距離までアレクは近づいたが、巫女はまだ微笑みながら手招きをする。
アレクと巫女の距離がどんどん縮まり、やがてアレクは巫女の目の前で跪く格好となった。
美しく白い手がアレクの顎へと伸ばされる。魔導を秘めた黒瞳がアレクの顔を映し出す。今にも二人に顔はくっついてしまいそうな距離しかない。思わずアレクは息を呑んだ。
「巫女様、何を……?」
「おもしろい運命の持ち主じゃなもう下がってよい」
アレクは逃げるように後ずさりをした。巫女に心を覗かれたような気がする。そう、深い黒瞳によって全ての秘密を見透かされた気分だ。アレクは大量の汗をかいて顔面蒼白になった。
身体の振るえと同様を押し殺しながらアレクは言葉を喉から搾り出した。
「失礼いたします」
早足でアレクは部屋から逃げ出した。
部屋の外では先ほどの侍女が待っており、アレクの顔を見て少し驚いた表情をした。
「どうなさいました?」
「なんでもない、少し気分が優れないだけだ」
「まあ、それは大変でございます、すぐにお部屋まで案内いたしますわ」
侍女は自然に手をアレクの背中に回し、寄り添って長い廊下を歩き出した。
案内された部屋はさして大きくはないが、これと言って困ることはない。窓があり、家具も一式揃っている。
侍女はテーブルの上に置いてある銀色のベルを手に持って説明をした。
「御用がおありの時はこのベルをお鳴らしください、すぐにわたくしが参ります」
このベルは魔導具のひとつで、侍女が耳にしているイヤリングとセットになっており、ベルを鳴らすことによってイヤリングを振動させて音を鳴らすことができるのだ。
侍女はベルをアレクに手渡した。
「試しにお鳴らしになってください」
「わかった」
アレクがベルを鳴らすと侍女が身体をビクンと振るわせた。
「あぅん……大変結構でございます」
そう言いながら侍女はアレクの腰に自分の両腕を絡めて来た。魔導士は男しかいないので相手を楽しませるために侍女は教育されている。
「私に触れるな!」
「きゃっ!」
アレクは侍女を大きく押し飛ばし、侍女は地面に尻餅をついた。
「すまない、押し飛ばそうと思ったわけではないのだ」
侍女はアレクが差し伸ばした手に掴まって立ち上がった。
「やはりアルフェラッツ様は女がお嫌いで?」
「いいや違う、ただ身体に触れられるのが嫌いなだけだ。さあ、早く部屋の外に出て行ってくれ」
「失礼いたします」
侍女は恭しく頭を下げて部屋を出て行った。
部屋に一人きりになったアレクは肩の力を抜いてベッドの上に寝転んだ。
侍女の誘いをあのような形で拒んだのが今になって思うとまずかったように思える下手に女性に近づかれるのも困るが、変な噂を立てられるのもまずい。アレクはため息をついて天井を見つめた。
作品名:英雄の証 作家名:秋月あきら(秋月瑛)