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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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英雄の証

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「我に襲撃をしろと申しているのか? それならば断じてできん。ムーミストとの取り決めを破るわけにはいかん。我とてそこまで落魄れてはおらぬ。神としての自尊心がある」
 フードの奥で静かな笑い声が響いた。それを聞き逃さなかったレザービトゥルドは怒りを露にした。
「何が可笑しい! 我を笑うとは何事だ!」
「貴様はもはやムーミストに負けた時に神ではなく怪物になった。宝に眩んだ哀れで醜い怪物よ」
「許さぬぞ、許さぬぞ、お主とて生かしておけぬ」
「貴様がやらんというのならば、明日の襲撃は私に任せてもらう。では、さらばだ」
 湖が激しい水飛沫を上げた時にはすでに、ローブを纏った男の姿はなかった。
 巨大な岩でできた蛇のような頭を出したレザービトゥルドは、天に向かって激しく咆哮した。

 神殿内は殺伐とした空気が張り詰めていた。それによってアレクの緊張も高められる。
 大広間を見回すと、この国でも名高い魔導士たちが多く目に入った。この者たちも巫女に呼ばれて来たに違いない。やはり、アレクはラーザァーとして呼ばれた可能性が高くなった。
 大広間に集まっている魔導士の数は五名。まだ来ていないシルハインドの数を合わせると六名となる。六名という数はラーザァーの数とも一致している。
 ラーザァーとは古代語である星を意味するラーザが複数形になったもので、魔導によく使用される六芒星からラーザァーの数は6人と定められている。
 この場にいたザヴォラムとアレクの視線が合うと、ザヴォラムの方から睨み付けてすぐに視線を外した。アレクは睨まれることをした覚えはない。昔から目の敵にされてしまっているのだ。
 魔導士になるには貴族でなければならない。アレクは父を神官に持つ、だが、ザヴォラムの父は魔導士でもなんでもない、ただの貴族に過ぎない。息子が魔導士であっても父親が魔導士である可能性は低いのだ。魔導士とただの貴族では爵位が同じでも格差が生じてしまう。この国の階位は完全に力によって統治され、それでも暴動が起きないのは魔導士の力が強大であるためと、神と巫女の力によるものが大きい。
 魔導士になる?素質?があっても、多くの者は魔導士になる?資格?がないのだ。
 だいぶして、シルハンドがこの大広間に入って来た。
 全く悪びれた表情も見せないシルハンドは、そのまま迷わずアレクの元へ一直線に向かった。
「やあ、アレク」
「遅かったなシルハインド」
「絶世の美女である巫女様に会えるのでな格好よく決めて来なければならないと思ってな、髪型を整えるのに時間がかかってしまった」
「そんなことに……まったくおまえって奴はどうしようもない奴だ」
 突然静けさが訪れ、誰もこの場に現れた人物に対して恭しく頭を下げはじめた。
 法衣を纏った高貴な顔立ちの男。その男の肩には淡く輝く女の霊が寄り添っている。この男の名はキルス。神官長を務める巫女の双子であり、この国で巫女に次いで権力を持つ者だ。
 代々巫女の家系では男と女の双子が必ず生まれて、女が巫女になり男がそれを守る魔導士となる。
 巫女は生涯清らかな身体でなければ魔導を失ってしまうので、特別な事情を除いては男の方が結婚をして子供を作ると決まっている。
 神官長キルスはまだ跡継ぎがいないために神殿内で厳重な警備下に置かれ、神殿の外に出たこともないと云われていて、その顔を見たことのある者も少ない。
 この場に集められた魔導士たちは高位な魔導士であり、誰もがひと目でここに現れた霊を連れた若者がキルスであるとわかった。
 キルスが一歩足を踏みしめるたびに場の空気が凛とする。
 頭を下げながら視線を少し上げたアレクの目とキルスの目が合ってしまった。
 黒く冷たい瞳。その瞳で見据えられたアレクは心臓を鷲掴みにされたような感覚に陥った。もはや、キルスの眼はヒトの眼ではない――魔性の眼だ。
 アレクはすぐに視線を下に向けたが、頬に冷たい汗が流れた。
 無表情な顔をしたままキルスはこの場に集まった魔導士たちを一瞥した。
「なるほど、強い魔導を持った者たちばかりだ。まずは顔を上げるがよい、私は堅苦しいものが嫌いでね、この国全てが腹立たしい」
 この国で大きな発言力を持つ神官長の言葉とは思えなかった。変わり者だとの噂はあったが、こんな男が神官長では国がいつ崩れても可笑しくないかもしれない。
 魔導士たちが顔を上げると、キルスは踵を返して歩き出した。
「巫女が待っている、私について来い」
 それだけを言って歩き出したキルスの後を魔導士たちが付いて行く。魔導士たちの動きはぎこちない。まるで下手な人形師に操られているようにキルスの後をついていくのだ。
 床には赤い絨毯が敷かれ、部屋の両脇には聖水が流れる水路がある。この部屋に案内されて来た魔導士たちはひと目である娘に魅了された。
 金の装飾の首飾りや腕輪で飾られた白い身体についた乳房は隠されることなく露出され、その胸の下から布が身体のラインに沿って巻かれ、くびれた腰と優美な脚を協調していた。
 大理石の玉座に座る妖艶な魅力をうら若き巫女。この国で最も権力を持ち、世界でも美女である巫女は、自分の前に跪いた魔導士たちを魔導のこもった黒い瞳で見つめた。
 巫女はとても妖艶な色気を放ち、男であればこのような女性を抱きたいと思うのかとアレクは考えるが、巫女はあまりにも高貴で男の方が怖気づくのではないかと考え直す。そして、巫女と男っぽい女のどちらが好かれるのかと考えて、すぐにそのことを頭から掻き消した。
 陶磁器のように白い顔から玲瓏たる声が零れた。誰をも魅了する巫女の魅言葉だ。
「うぬらを呼んだのは他でもない、ラーザァーに任命するためじゃ」
 四〇年に一度このメミスの都に攻めて来る怪物と戦うのがラーザァーの役目だが、ラーザァーが本来倒さねばならないのはレザービトゥルドという大怪物だ。このレザービトゥルドという大怪物がメミスに四〇年に一度怪物を送り込んで来ているのだ。
 レザービトゥルドとの争いはメミスの都が建国される以前にさかのぼる。
 元来この土地は資源豊かな土地であり、特に金などの鉱物が豊富に採れた。この土地を守っていたのが土地神であるレザービトゥルドであった。
 レザービトゥルドはある時、ムーミストという月の女神と夫婦となった。だが、レザービトゥルドは浮気性で度々他の女神と不倫をして、ついにムーミストの激怒を買ってしまったのだ。
 ムーミストはレザービトゥルドの盗み出し、レザービトゥルドを追い払ってしまおうと考えたのだが、レザービトゥルドは激しく抵抗して自分の宝を全て呑み込み怪物へと姿を変えてしまった。しかし、レザービトゥルドはこの地を追い払われて、ムーミストはこの地に自分を信仰する人間たちによる国を造らせた。
 実はムーミストはレザービトゥルド宝が目的で夫婦となったのだ。そのことを知ったレザービトゥルドは激しい怒りを覚えた。
 深手を負わされたレザービトゥルドは四十年に一度この地に怪物を送り込んでやると言い、そしていつか自らの力を蓄えたのちに、自らの手でムーミストを信仰する全ての人間たちに復讐して、メミスを滅ぼしに来ると言って完全に姿を暗ませた。
作品名:英雄の証 作家名:秋月あきら(秋月瑛)