天国からの脱出
天井裏に入り込む
起きる前に夢を見ていた気がする。どうしても穴から出ることができないのを、何度か繰り返しているような夢を。無理に思い出したとしても良いことは無いので洗面所に向かう。
洗面所で使う小物が入る棚に鏡付きの扉がある。その扉は開いたままになっている。自分の姿を見たくないためだ。それを閉めて鏡に自分の姿を見る。そこには漠然と思い描いている自分の姿をかなり超えた醜くむくんだような顔があった。
「さあ、これで踏ん切りがつくだろう」
自分に気合いをいれて、朝食のために台所に行く。
結局食べ過ぎじゃないかと思える量を食べたことに気付く。これから探索に行くのだからいいだろうという言い訳をしている自分を叱咤した。
懐中電灯と椅子を持って押し入れの上段に入った。さらにその場所に椅子を引き上げ、その上に乗った。上半身が天井裏に入っている。懐中電灯で照らして見ると、断熱材と思えるマットのようなものが敷き詰められているのが見えた。梁というのだろうか横に巡らされた柱。たぶんその上を歩かないと自分の重みで天井と一緒に落下するのではないかと思った。
腹ばいで下半身まで天井裏に引き上げて、少しよろけながら立ち上がる。幸い屋根の内側には掴まるは沢山あった。懐中電灯で照らしながら梁の上を歩いてみる。傾斜を見ながら部屋の隅に移動した。
おっ!
思わず声を出した。しゃがんでやっと進めるくらい屋根と天井が近づいたところで、思わぬ収穫があった。丈夫そうな金槌だ。
手にとって見てその重さに笑みがこぼれる。これならばコツコツ叩いて屋根に穴を空けることが出来るのでないだろうか。
試しに屋根の内側の板を叩いてみた。音は派手に鳴ったが、ちょっと傷が付いた程度だ。でも、今度は鉄板入りなどということは無いだろう。だとしたら、かなり計画的で悪意がある。悪意という単語が頭の中から消えない。今までの経過からそう思ってしまうのだ。この置いておきましたという感じの金槌だって怪しいと思えば怪しい。まるで脱出ゲームのようだ。
気を取り直して何度か叩いた。すぐに腕が疲れてきた。そして重力に逆らって下から上に向かって叩くので強い力にならない。部屋で他に何か役に立つものがあるか探してみようと思った。少し進展したし、金槌を拾うという収穫もあった。それを機に部屋に戻ることにした。
さてお昼を何にしよかと思いながら台所に向かう。最近嗅いだことのない匂いがしている。何か野菜の匂いだった。
珍しく明菜が料理をしている。最近魅力を感じなくなっていたが、その姿に少しだけ心が動いた。
「何、作ってるんだい」
「あ、びっくりした。いきなり現れないでよ」
「なんだよ、オレを幽霊みたいにいうな」
「あのね、考えたんだけど今まで野菜をあまり食べていなかったなあって。それでね、冷凍のミックスベジタブルと、この前配達されたジャガイモ、タマネギ、缶詰のトマト。そして解凍した鶏肉でね、具だくさん野菜スープ、まあとろみの無いシチューのようなものね。を作ってるんだ」
「ふーん いいね。味付けは?」
「とりあえず、顆粒の昆布だしとかつをだしだけ入れてある。あとは気分次第で味噌汁にしたり雑炊にしたり、あ、お餅もあったから雑煮にもなるね。ふふふわたしって天才ね」
天才とは言えないと思ったが、明菜の気分が止さそうだったので、手伝うことが無いか聞いて見た。
「そうだ、まだ鶏肉を切っていないので切ってくれる?」
明菜は大きめのボールにぬるま湯を入れながら解凍中の鶏肉を見て言った。
「あのさ、天井裏に入って見たら金槌を拾ったんだ」
作業をしなががら経過を報告した。
「ふーん、それで?」
「それでさ、屋根の内側から叩いてみたんだけど、疲れる割には結果がでない」
「ま、そんなに簡単にはゆかないでしょうねえ」
鶏肉はまだ少し凍っていて、包丁も良くないし手こずったが、煮込むので形が崩れてもかまわないだろうと何とかいくつかに切り分けた。
「それでさ、彫刻やる人は太めの彫刻刀みたいのを金槌で叩いてるじゃないか、あんな刃物があればいいのになあ」
そこまで言って、オレはその刃物が無いか、台所のあちこちを調べることにした。