天国からの脱出
天井裏への入り方
天井裏に入り込むのはどうすればいいのだろう。天井を見上げてもわからない。探すしか無いだろうと、台所、明菜のいるリビングのような部屋、オレのいるベッドルームもしくは書斎の天井を見て回った。わからなかった。オレはあっと思った。オレの寝起きしている部屋には押し入れのようなものがある。さっそくそこを開けてみると、来客用だろう寝具と停電に備えたものであろう品々があった。二段になった押し入れの上段から荷物を下ろした。そしてよじ登ろうとしたが、太ったせいで出来ない。
(情けない状況だぞ)と自分を叱って、台所に戻って椅子を持ってきてそれに乗って上段に張り込んだ。立ち上がった状態で少し手をあげただけで天板に手が届いた。端を押して見ると、少しの抵抗があったが動いた。さらに力を込めて押し上げた。畳半分くらいの薄い板の支えが外れたような感触があって、完全に剥がれた。それをそのまま横に移動させると、空間が出来た。下から眺めた限り薄暗い。これだけ進展すればいいだろうと、オレは下に降りた。本当はこのまま一気に天井裏の探索をしたかったが、明かりが無い。そして疲れてしまった。
もし、外に出られたとして、この体力で人里あるいは見覚えのある場所まで歩けるのだろうか。意識して身体を動かす習慣をつけなくてはと、しみじみ思った。明菜はどうしようか。あまりここを出たいそぶりはない。とりあえずは自分一人で脱出して、助けを呼ぶしかないだろうという結論に達した。
懐中電灯はさっき押し入れの下にあるのを確認した。椅子を使えば天井裏に出られるということまではわかった。さあ、乾杯だとオレは酒と食べ物を確保するたに台所に向かう。と、すぐにうめき声がきこえた。明菜? どうしたのだろう、オレは心臓の鼓動が速くなるのをかんじながら急いで声のする方に行った。
その姿を見たとたん思い浮かべたのはひっくり返った亀だった。
「おい、どうした!」
「うーん あ、どうしたの怒った顔して」
明菜は、横にごろんと転がり腹ばいになって起き上がった。
「なんだよ、心配したじゃなないか。苦しそうな声がしてたよ」
「ああ、そんなに? 腹筋運動してたのよ」
「腹筋ねぇ」
オレは明菜の妊婦のようなお腹に視線が行く。
「わたしね、足の指の爪をきろうとしたんだけどね、うまく屈めなくて苦労してやっと切ったんだけど、さすがにこれじゃまずいなあと運動しようとしたんだけどね」
「腹筋できなかったってわけね」
そこまで聞いて、ホッとしたオレは可笑しくなって笑い出した。
「なによ、そんなに笑うことないでしょ、あんたもやってみれば」
明菜が丸い顔をさらに丸くし、唇をとがらせて、オレを挑発する。
えーっとオレは思った。手を頭の後ろで組んでやって見ると半分くらいで足が上がってしまい、明菜と同じようにひっくり返った亀である。ゾンビのように両手を前に出してやっとできる程度だった。
「ちょっと、足の先を押さえていて」
オレは足を押さえて貰って、どうにか腹筋運動らしいものが出来た。
「まずいな」
「まずいでしょ」
「やばいな」
「やばいよう」
オレは乾杯をするつもりでいたことを思い出した。
「運動は明日からしよう」
「そうしましょ」
結局、珍しく二人で夕食の用意をして、太るだろうという酒付きの豪華な夕食になってしまった。
「あのさ、オレ天井裏に入ってみようと思うんだ」
「ふーん」
「それで、下から屋根を壊して屋根にあがり、外に出るつもりだ」
「そう、無理でしょうね」
「まだ分からないじゃないか」
「だって、今まであれこれやってみてダメだったじゃない」
「明菜は外に出たくないのか?」
「まだ、しばらくここにいたいわ。ここは天国のようだし、まだ飽きてないもの美容院に行けないのは残念だけどね。」
オレは思った。天井裏から屋根に穴を開けられたとしても、明菜を引き上げて屋根に登らせる自身は無い。
「ま、あしたになって天井裏に入って屋根を点検してからの話だ」
オレはビールを飲み干して、自分の部屋に戻った。