「夕美」 第二話
「大沢夕美です。今日からお世話になります」
元気良く挨拶をして依頼を受けた家の玄関を入った。立派な門構えから想像していたような綺麗な玄関ではなかった。
居間に通されて片付けされていない衣類や段ボール箱のいくつかが目に付いた。家主が夕美を前にして挨拶を交わした。
「良く来てくれたね。主人の大森俊之だ。大沢くんから聞いてあなたに是非にとお願いした。いまは学校に行っている長男の隆一郎と妻由美子と三人暮らしだ。
二階の廊下の左側の部屋を使いなさい。夜間高校への通学は聞いているからそのようにしなさい。夕飯のしたくは妻と隆一郎の分だけで構わないからね」
「はい、ありがとうございます。奥様に色々とお聞きして粗相の無いように勤めます。よろしくお願いします」
「いい子だ。じゃあ早速まずはここの荷物を片付けて欲しい。後は玄関の片付けも直ぐに頼む。妻は奥の部屋で寝ているから起きていたらやる事聞いてくれ」
「そのようにします」
自分の荷物を持って夕美は階段を上がり部屋に向かった。下から見上げる俊之の視線を感じることなくスカート姿の夕美は駆け上がっていった。
家から持ってきたエプロンを羽織ってスカートからジャージパンツに履き替えて言われた片付け仕事を夕美は始めていた。
父親が亡くなってからずっと家で夕飯の支度をしてきたから料理はお手の物になっていた。
由美子と相談して冷蔵庫に残っている食品を捨てて新しく今晩から必要な食べ物を買うために市場に出かけた。スーパーより市場の方が近くて少人数なら便利だったからだ。
名古屋市の山手南山(なんざん)にあった大森家は地元大手銀行の頭取を務める俊之と前頭取の娘由美子が妻になっていた。子供は南山高校に通う隆一郎一人だけだった。
夕美は南区にある下町道徳町に住んでいた。
高級住宅が立ち並ぶ静かで閑静な南山一帯は夕美のようにお手伝いが住み込んでいる家が多かった。