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金枝堂古書店 二冊目

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 そう言うと、紫織はああとようやく得心した様子だ。そうして俺をからかう目つきになって、
「小説であてた後は中華と決まっているんです」
 とやはり分からぬことを言った。いつもの「遊び」が始まったようだ。何かの暗喩だろうか。中華、中国、小説。いまいちピンと来ない。
「『満漢全席』でも来ませんか」
 次なるヒントはいかにも直接的だった。実際喩えでもなんでもない。
「……分かった。実にくだらん」
「あの時分かってもらえなければボケ殺しというものです」
 南條竹則のずばり『満漢全席』という本がある。この中の『東エイの客』というのが、主人公の書いた小説が賞をとった賞金で、四十人集めて中国へ飛び、念願だった満漢全席をやる話になっている。実に話の大部分がひたすら飯を食っているか酒を飲んでいるという、ある意味凄まじい小説である。次から次へと豪華絢爛な食事が運ばれて来、これを食す。また食す。延々これである。
「満漢全席とまでは言いませんが、美味しいものを贅沢鱈腹食べてみたいですねえ、先生」
 今の俺にはとてもそんな金などあるはずがない。
「ラーメンでよければすぐにでも食わせてやれるんだがな」
「ああ、それもいいですね。なんだか無性にラーメンが食べたくなってきました。美味しいらしい店をこの間教えてもらったのですけれど、どうですか。店番なんかジジイに任せて」
 気まぐれに二人で出かけてラーメン一杯では格好がつかぬ。俺も少しは甲斐性のある男にならねばなるまい。俺の情けない顔色を読みとったのか、くつくつと肩を揺らして、おさげの片方を指でくるくる弄びながら言った。これはどうやら彼女の癖らしい。
「楽しみにしていたのですから、きちんと付き合ってくださいまし」
 立ち上がってさあ早くと俺を急かす。どうやら本気でラーメンを食うためだけに出かけるようだ。
 彼女のことは今でも正直よく分からぬ。この先もすぐには分からぬだろう。


/二冊目 了