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少女な君は少し大人へ

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 わたあめを食べ終わった朝香は、紫色の舌でそう言った。僕も和風パンケーキでは物足りなかったので。「じゃあもう少し行こうか」などと言って、再び歩き始めた。
 少し歩いていると、神社の本殿――だろうか?――に着いていた。中では白い服を着た人間達が炎の周りで何かを振り回しながら踊っている。異常な空間――ハレの空間に、僕は、いやここに居る全員が異様な気分になっている。無論、その空間を味わう為に祭に来るのだろう。日本という文化の客観的考察について物語を書くのも面白いかもしれない――ぼんやりとした意識で僕はそう考えた。
 さて、僕らはそこから、屋台が集まっている方へと目を向ける。やや前方に、厳格な儀式とは対照的に、色んな食べ物やレジャーの名前の屋台が在った。その中の一つに僕は『たこやき』と書かれたものを見つける。人が大分混んでいて、商品を得るのには大分苦労しそうだが、何となく僕はそれが食べたいと思った。
 「たこ焼き食べる?」
 僕が朝香に念のためそう言うと彼女もまた「うん」と肯定したので、果たしてそこへと向かうことにした。
 だが、僕は少し進んでそこの些かおかしな立体構造の不安点に気付いた。というのは、そのたこ焼きの屋台がある所だけ丁度、道がくびれて幅が短くなっているせいでそこを通りたい人同士がぶつかり合い、非常に混雑した状況を生み出しているのだ。どうしてこんな所に屋台を立てるんだ、もしくはそういった屋台を立てる割振を考えた人間は誰なんだ(――いや、純粋な疑問として、そういった管理を初めとして祭を動かしているのは一体誰なんだろう?)、と心の中で文句を言いつつ、僕はその屋台に並ぶ列の最後尾――本当に人が込み合いそこが最後尾だという確証を持てないが――へと着く。
 人々がわれ先に、と自分勝手に歩くものだから、押し合いへし合いといったように身体を押されたり引っ張られたりして、僕は息苦しさを感じずにはいられなかった。容易には身体を動かす事もできず、各方面の人間と身体が密着しているような状況で、今夜は少し暑いから、汗ばんだ皮膚と皮膚が付くのがとても気持ち悪い。
 だが、何とか行列に耐え、果たして僕は店の前に着いた。たこ焼き専用の鉄板の向こうで、タコにそっくりなスキンヘッドの強面の人が、「注文をどうぞ」と言った。注文、と言ってもたこ焼きが〈四個入り〉〈六個入り〉〈八個入り〉の三種類しかないのだけれど、そんな事は些細な問題だった。八個入りは少し多いし、四個入りはまた少なすぎるから、僕は六個入りにしよう。さて、朝香は?
 僕は朝香に注文を聞こうとし、「朝香は何個食べる?」と振り返って口に出す。
 ――が、朝香は傍にいなかった。
 ……僕は首をあちらこちらにまわす。僕は人より身長が幾分高い為、周りの人を若干煽瞰で見渡す事ができるのだが、それでも朝香らしい髪形、髪の色を見つける事はできなかった。朝香は傍にいなかった。朝香は傍にいなかった。
 サーッと血の気が引く感覚。身体中を悪寒に襲われた。
 はぐれたんだ。この人ごみの中で、朝香が。


  7

 「お客さん、注文は」
 無骨な声で僕は我へと帰る。強面のタコ人間が、僕に向かって催促したのだ。僕の中の常識的で無感情な思考回路が次に行うべき行動を何とか導き出す。
 「え、えっと、六個入りを二箱で」
 千円札を渡しながらそれに従って僕は言った。何とか応対を続けるも、頭の中ははぐれた朝香の事でいっぱいだ。
 商品待ちの為、屋台の正面から少しずれた位置にいる間僕は首を動かして朝香を探していた。無論、この人の流れでは朝香はすでにここから別の場所に流れて行った可能性が高いし、かといって大声で彼女を呼ぶわけにもいかない。
 「お客さん」
 タコ人間から例のたこ焼きが入ったレジ袋を受け取り、僕は早歩きで来た道を戻る。――もしかしたら、あの変な呪術をやっていた神社本殿の前に居るのかもしれない。僕は人を押しのけ押しのけ、何とかそこへと向かう。――だが、そこに辿り着いても朝香の姿は無かった。いるのは、先ほどの僕らと同じように買った商品を食べる数人のグループだけだ。他には、誰もいない。朝香は、いない。
 太鼓と人々の不穏な歌声が聞こえる。あの呪術だ。ハレへ至る為の呪術。僕は悪寒と身体の震えで頭の中が真っ白に変わる。
 瞬間、僕は気が付く
 「そうだ、電話だ」
 独り言を言って(周りの数人の人間が不審げに僕に視線を向けた)僕は急いでポケットの中を探り回し携帯電話を探し出す――だが、すぐにそれはどれだけ探しても見つからない事に気付いた。
 携帯電話は、電池が切れそうだったらか昼に充電器につなげて、きっと今もそのままなのだ。夕方起きてから色々あったせいで、携帯電話の存在に気付けなかったのだ。携帯電話に意志があって彼が僕のポケットの中へと律儀に入ってきているわけがないし、ここに携帯電話はないのだ。現実。
 不安で手足の先の感覚がなくなり、僕の脳裏では今日の朝から有った出来事がリプレイされる。寝坊せず自分から早く起きた朝香。自発的に僕らの朝ごはんを作っていた朝香。自分から皿洗いをし始める朝香。サボる事なく真面目に学校へと出向く朝香。寝起きの僕の為にコーヒーを作ってくれた朝香。朝香。朝香!どこか朝香が遠くへ行ってしまうような、そんな気が再びし始めた。いや、もう行ってしまったのかもしれない。彼女は、朝香はもう僕に見切りを付け、どこか僕とは離れた場所へと行ってしまって、そして僕は一生朝香と話す事はできないのだろうか。その温もりを、感じる事ができないのだろうか。兎角僕はそれについて一つだけ理解している。それは、それはとても苦しくて悲しい事なのだ。
 僕は再び踵を返し、行列のその先へと走り始めた。朝香を失う事に対し僕は異常な恐怖を感じた。通る人々を押しのけ、僕は走る。誰かが僕に対し文句を言ったような気がしたが、それも僕には届かない。もしかしたら逆に僕が、何か悪態をついていたのかもしれないが、そんな事もどうだっていい。僕を動かした恐怖は周りの空気が震えるほどに叫んだ。言葉は分からない、でも、内在する意味は分かったのだ。

 果たして僕は、例のくびれた道の、その向こう側へ着いた。辺りを丹念に見渡しながら僕は早歩きで先へと進む。屋台もなくなり、二十メートルほど進んだ先の、もう車道が目の前にある所の、左手側に大きな木を見つけた。大の男三人が腕をまわして何とか手を互いに繋げるであろうくらいに大きく太い幹だった。その木の下に、朝香がいた。その幹に、寄りかかっている。
 「朝香!」
 僕の大声に周りの数人が、僕に振り返った。朝香自身もまた、僕の声に驚き、やめてというように手を振る。
 僕は朝香の元へ駆け寄った。「どうしたの」と朝香が言ったのは、僕がきっと今にも泣きだしそうな顔だったからに違いない。
 「朝香」
 僕は彼女の名をまた一度、呼びかけた。喉がカラカラで声が上手く出ない。彼女もまた、不安そうな表情で返事に応えた。
 「どうしたの……何か変だよ。どうしたの?」
 「どうして……、どうして、ここに」
作品名:少女な君は少し大人へ 作家名:月山馨瑞