少女な君は少し大人へ
「どうしてって、凄い人ごみだったから、ちょっと先で待とうと思ったんだよ。言ったじゃん。シュウさん、私の声聞こえなかったの?」
「……聞こえなかった」
少し呆れたような口調に、僕は半ば倒れるように木へと寄りかかった。力が抜けて、自力では上手く立てなかった。
「電話してくれればよかったのに」
「忘れたんだ。家に。充電しっぱなしで、それを忘れて」
「あ。そうなの……」
げっそりとやつれた僕の姿に、やがて朝香は心配そうに僕の顔を覗きこんで言う。
「ごめん……探したんだよね」
「…………」
「もしかして、怒ってる?」
「…………」
「それとも……泣いてる?」
僕は、朝香の顔に目を向け、朝香の不安げなその表情を見た。そしてとても彼女の事を愛おしく感じた。だけど、いくら彼女の事を抱きしめようとしても、身体はそう動こうとはしなかった。きっと、彼女が今までの朝香とは違う、そっくりな別人のように見えたからだ。例えばグリーンのボディに真っ黒で大きな瞳を有した異星人のように、まるで空が茶色い岩壁に覆われた暗くてさびしい世界のように、昨日までの彼女とは違う、別人で。そのせいで、僕は彼女を抱きしめる事に恐怖した。
少しの間、僕らの間には緩やかな沈黙が流れた。確かに周りでは祭の中で揺れる人々の声々で満ち満ちているのだろうが、僕らにはそれは届かなかった。僕らを包むその沈黙は僕らを祭から退かせてしまったのだ。
「…………。……朝香が、どこか、どこかに行ってしまうような、そんな気がしたんだ」
僕の静かな語り初めに、彼女は、返事を声に出さずじっとそれを聞いた。
「――朝から、朝香がまるで朝香のような気がしなかった。きっと、君は成長していて、大人になろうとしているんだ。そう思おうとした。でも、それは、君が僕から離れようと、そういう事になるんだと、それが怖かった」
「そんな事ない」
彼女の声は少し、震えている。
「私は、気付いたの。今のままじゃシュウさんに甘えてばかりで、シュウさんの負担にしかならないって。私は今まで子供っぽく貴方に甘えていたんだって。でもそれって悪い事だと気付いたの。だってそれがシュウさんの仕事に影響して、不幸を導くようになったら、私は絶対にそれを後悔するだろうって。だから、今日から変わろうとしたんだ。何もかも自分でやっていこう。『大人』になろうって……。それで、シュウさんの負担が軽くなって、仕事も順調に行って……私は、シュウさんに相応しい人になるんだって……」
彼女は、悲しそうにうつむく。
「……迷惑だったかな。シュウさんにとって」
僕は訴える。そんな事ない。そんな事はないんだ。今のままの君が僕は一番好きなんだと。僕は、僕に甘える朝香に満足していて、朝香が僕から自立するという事を恐れていて、それは人間としてあってはいけない感情だった。何故なら、それは君の為にはならないし、君の人生を決定づける権利を、他人である僕は持っていないはずだからだ。
僕は少し道を間違えて大人になってしまったのかもしれない。君が自立することを喜ぶ僕と、君が大人になって欲しくないと願う僕がいる。納得しようとする僕と、大人になれない僕がいる。自己満足で書かれた小説はこの世で一番つまらないけど、でもその小説を君に読んでほしいんだ。お互いに相手の欠点を補い合って、自立しなくても一緒に歩みたい。未来に繋がらなくてもいい。でも、君が大事だ。僕は最善解を導き出せない。一体、いったい愛ってなんだ?幸福とはなんだ?僕らは一体どこへ進めばいいんだ?
食べよう、しばらくして朝香がそう言った。僕の買ったたこ焼きの事だ。しかし買った時の彼らはもう居ない。そこに居るのは、冷めてしまった彼らの抜け殻だけだ。彼らはどこにいってしまったのだろう?
少なくとも僕にその行く先を知る事はできない。
(終)
作品名:少女な君は少し大人へ 作家名:月山馨瑞