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少女な君は少し大人へ

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 その後洗濯物を干し、掃除機で軽く掃除をした後、ソファに寝転がった。仕事が今でも山積みではあったが、端的に言ってやる気が起きなかった。こういう時、無理やり文章を捻りだしても何も生まれないという事を経験として僕は良く知っていた。そんな文章を納められても彼らは困るだけだろうし、僕にとってもプラスにならない。
 丁度携帯電話の電池が減っていたので、充電器に刺して、僕は瞼を閉じた。軽くだ。軽くだけ寝よう。きっと一時間後には目が覚めるだろう。そう思いながら眠りに落ちた。今朝とは違う、まるで綿雲の上に包まれるような和やかで耽美な睡眠だった。
 

 「シュウさん」
 誰かが、いや、朝香が僕の身体を揺らしている事に、僕はすぐ気付いた。身体を素早く起こし、朝香の方を見る。彼女は、もちろん、出発した時の姿と同じ格好で僕の傍にいた。外からは赤い太陽光が射してきていた。直観的に、僕は予定より長く寝ていたのだろうという事を理解した。
 僕は昼寝後にいつも起きる、あの頭痛に耐えながら何となく呟く。
 「もう五時か……」
 それに彼女は「いいや、四時半だよ。少し早めに帰ってきた」と訂正する。――どちらにしろ、僕が寝過ごした事に代わりはない。今が四時半なら、僕は二時間半も寝ていた事になる。
 僕は瞼を擦りながら立ち上がり「コーヒーでも飲もうかな」と独り言のように呟くとすぐに朝香が、
 「コーヒーならここにあるよ」
 と、僕にマグカップを差し出してくる。まるでそれが長年続いてきた僕らの間にあるルーティンワークかのように、自然に、それとなく。
 ――言葉が出なかった。朝香がわざわざ僕のために、頼まれてもないのにコーヒーを作っている。彼女はコーヒーが好きではないから、自分の為にコーヒーを淹れるなんてことはありえないから、だから、だから……。
 カァー、カラスの声が外から聞こえる。太陽は部屋内に差し込んでいる。西日だから、洗濯ものを干すのは午後からのほうがいい。僕は山城に迷惑をかけていて、それからパスタを食べた。テレビにはラーメン屋が映っていて、今日は何にも書いてない。三日前まで仕事をしていて、僕は満足な、昼を過ごして、それから。
 ――僕は朝香の傍に座り、彼女の目をじっと見た。彼女もつられて僕に目を合わせる。彼女の瞳孔は少し茶色くて、そして素敵な形をしていた。いつもと、いつもと同じ目をしている朝香だった。しかし、本当だろうか?
 「……どうしたの?何かおかしいよ」
 沈黙に耐えきれず、朝香がそう言った。それはこっちの台詞だ、そう言おうとは思ったが、上手く口が動かない。
 「――行こうか」
 「えっ?」
 僕は何とか喉を振り絞って喋る。
 「お祭りだよ。行こうって言ってたじゃないか。今なら空いてる」
 「う、うん。分かった……」
 結局僕は、彼女に立ち向かう事はできず、いつものように逃げてしまった。洗面所で歯を磨きながら、自分の愚直さに今更ながら自己嫌悪する。


  6

 十五分後、身支度を終え僕らは出発した。例の神社に向かう道中、僕らはいつものように会話を交わす事はなく、無言のまま歩いていた。僕らの隣を子供たちが駆け、太陽は紅く輝いていた。僕らは口を真っ直ぐに閉じひたすらに歩いた。きっと人々は僕らの事を、恋人同士ではなく、ビジネスマンシップな関係であると思っていただろう。
 さて、例の神社に近づくにつれ、僕らと同様に祭に向かって歩く人の数が多くなっていった。この付近の地域では割と有名な祭りだからか、年輩の方ばかりではなく、二十代の若者やそれより下の子供たちも同じくらいたくさんいた。もちろん、彼らはこの祭りが何のために開かれているのかよく分かっていないのだろうし、ただ単に特別なイベントに参加したいという理由でここに来ているのだろう。無論、僕らもそうで、この祭りが何のために行われているのか、何を祭っているのか、そもそも名前は何なのか、などという事に全くもって無知であった。僕らはこの神社の名前すら知らないのだ。
 朝香は、境内に入ってすぐに在った屋台でわたあめを買った。彼女は甘いものが好きだから、こういった菓子は好物であった。僕は特に欲しくはなかったから、隣の屋台で売っていた今川焼を買った。
 ところで、朝香は食べ物以外の屋台に対し特別に興味をそそられてはいなかった。彼女とのこういった『お祭』は初めてだったのだが、僕は彼女がてっきり射的や金魚すくいをやりたがるとばかり思っていて、もしそう言われた場合の為に考えを改めさせる文言(射的は、あれは落ちないようになっているものなのだし、金魚なんか飼ってもすぐ死なせるだけだ)を考えていた。しかし、意外にも彼女はそんな事を言いださなかった。確かに、少年たちが金魚すくいをやっているのを見て楽しそうに思い出を僕に話したり、くじ引きをやってる屋台を見ながらああいうので当たりを引いた人を知らないよ、などと笑ったりすることはあっても、無価値なギャンブルに手を出そうとは決してしなかったのだ。
 それが僕にとっては意外でしかなかった。最近でも、彼女は何かのゲームで、キャラクターガチャなるものでレアなものが全く出ないがあと十回引けば出てくるはずだ、と言って課金のためにコンビニへ行こうとしていた事があった。僕はそれを必死に止めながら、まだまだ子供だな、と心の中でほくそ笑んでいたのだが、今日の彼女は確かにその時のような、『子供』のような短絡的行動を取らなかったのだ。
 もしかしたら彼女に対し考えを改めなければいけないのかもしれない。それも、本格的に。
 ――祭りの雰囲気に身をゆだねながら、僕は、きっと朝香は現在進行形で『大人』になっているのだろう、という事に気付き始めた。僕は、僕自身が朝香ほどの年齢であった頃の事を思いだした。あの頃の記憶はあまり浮かび上がってこないが、少ない記憶を辿るに、僕は常に周りに対し闘いを挑んでいた事を思いだした。サクセスするためには周りの人間を倒さなければいけなくて、そのために自分は生きているのだと、本気で思っていた――いや、今でもそう思っている。もちろん僕は後に、社会においてはそこまで闘う必要はなく、上に行くか下に行くかは成るようにしか成らなくて、成功の定義だって結局は人それぞれである事も確かだと気付き、理解した。そういう事に納得した自分は、ある面では大人になれたのだろう。
 脇道で、各々が買った食べ物を食べながら、僕は彼女の変化にもまた少しずつ納得し始めていた。いや、納得しようとしていたのかもしれないが、それは些細な違いだった。彼女がどのように生きていくかについて僕がとやかく言う権利はなく、そうであるなら彼女がどのように大人になっていくかについても、同様に僕の言及は意味を持たないのだ。僕が彼女に相応しい人間かどうかなど彼女が決める事で、彼女がこれから成功するか、失敗するかは、僕がライターになれたように、結局運命が決める事なのだろう。
 そうやって、僕は僕自身に語りかけた。自分を納得させるために無理やりにでも理性的にそう考えた。そういう事が必要なのだ、生きるという事については。


 「何かもう少し食べたくない?」 
作品名:少女な君は少し大人へ 作家名:月山馨瑞