Zeit der Praxis 特訓タイム
汚らしい真緑が拭われたカウンターの上、傷薬は6瓶一組が二組整列している。
一方は、半透明の真緑色の液体に満ちていて、色みも均一だが
もう一方は、色が一つだけ薄いだの、下に濃い緑が溜まっているだのと
僅かに差があるように見えた。 そして双方は、言わずとも
どちらがどちらの調合したものか、はっきりと区別がついていた。
「まるっきり、おんなじになっちゃった…」
「ひとつの鍋でまるっきり作ったらそーなるわな」
レミーはしょぼくれるティカにばっさりと放つ。 彼は、ティカが将来
錬金術の店を開きたいと思っている、と言う事は既に耳に入れている。
どれくらいの規模の店を建てたいのかは知らないが、
彼女の手持ちに開店資金が十分あるようにはとても見えない。
暫くは協会非公認の、個人的な稼業で生計を立てながら
先立つものを貯めていく必要があるだろう。
となると一人一人の依頼に合わせて、薬効や希望の費用対効果、
その他諸々に合わせて調合を変え、ひとつひとつ品質を作り分けて、
需要に術師がすり合わせることは避けて通れない。
安定した質の錬金アイテムを作る事は最低条件、さらに
プラスアルファで、個人個人の癖をいい方向に
値段の安さや品質の良さで示して食い扶持を稼ぐのが「公認錬金術師」なのだ。
商いの嗅覚が足りずに、晴れて公認錬金術師となっても、
開業してすぐ仕事が減っていってしまい、当人も腹の虫が泣く事で感じていたのに
何一つ手立てを見つけられないまま
錬金術師を辞める奴を、一体何人見た事か。
レミーは説教くさい事を好かない。 長ったらしい説明など以ての外だ。
彼は手製の傷薬をざっと眺めた後、自身が普段通り作ったものを手に取り、
驚くティカの目前で、傷薬を指でひと掬い舐めて見せた。
知らぬ間に手袋を脱ぎ棄てたその手は、この男があくまで
頭脳労働の筋である事を物語る。
「傷薬を舐める人、初めて見た」
「味がそこそこなら、腹下しの薬としても売れるんだよ。
町じゃこのテの傷薬買うの、重労働やるやつばっかだから。
ちょっとしたもんなら薬師に頼めばすぐ買えるし、
傷薬がおしゃかになる大怪我は医者が治す。
―だから余程良い品じゃなきゃ、錬金術の薬なんて
火傷『にだけ』効くとかいうのは売れない」
自家製の傷薬を前に、無視できないサカナ草のえぐい臭気に
身じろいでいたティカだったが、腹を決め一つ一つ味を見始めた。
普段通り作ったものは当然というか予想通りというか、味は良くない。
茎を多めに入れたものは味はマシだが、薬効成分が
一番多いのは葉の部分だったはず。 薬としての品質は少し落ちていそうだ。
ハチミツがひとさじ入っているだけで大分舌触りも後味も違う。 これなら子供が
腹を壊した時に飲ませる事も出来るだろう。
不思議なのは水の違いだ。 いつも通り村の井戸水を使った方と違い、
レミーが汲んで来た水を使ったものは葉が多いものも、茎が多いものも、効き目はそのままに
厭なねとつき、臭いの悪さがやや抑えられているが、
ハチミツ入りのものは、むしろ口当たりが重く、えぐみが残ってしまっている気がした。
何かに勘付いたティカは、傍の先輩兼先生が何処からか汲んで来た水を
樽から少し貰い、大切そうにコップに注ぐ。
一口で慣れ親しんだそれの味ではない事に彼女は気付いた。
「こう… 癖あるね。 ほんのちょっぴり金物っぽいにおいっていうか、
井戸のよりあったかさがないっていうか。
このお水、何処から汲んで来てくれたの?」
「ツヴィーベルの崖上。 かしこいんだなティカは」
「少し歩いただけで、こんなに味も水の質も違うの?」
「ちがうちがう。 たぶんアベントロートじゃあ、昔っから畑に腐葉土使ってるだろ。
腐葉土が多い土地の水はやらかくなるんよ」
感心したティカは、錬金アイテムの店を構えたら
水のかたさにまで気を使わなくちゃいけないのかと聊か不安を覚えたが、
今は覚えられるなら覚えておいて、気にしなくても良いと寝惚けたような面でレミーは諭す。
やっぱり変な人かもしれない。 その些細な疑りは
少女の小振りな腹の虫とともに吐き出されてしまった。
既に夕日が台所の窓から光を撒き散らしており、流石に老人達は家に帰ったようだ。
この眩しいピーピングトムだけはどうしようもない。 青年は諦めの溜息を漏らした。
作品名:Zeit der Praxis 特訓タイム 作家名:靴ベラジカ