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靴ベラジカ
靴ベラジカ
novelistID. 55040
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Zeit der Praxis 特訓タイム

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ティカの家は一人暮らしには広すぎるぐらいだ。
その広いはずの家が、今はレミーの荷物でちょくちょく埋まっている。

彼女が今朝目覚めて、朝食を作ろうと台所へ向かった時、
レミーが面倒くさいからと、居間の真ん中で雑魚寝をしていなければ、そして彼がそういう
性格だと言う事も知らず、ティカが悲鳴を上げなければ、
二人はもっとゆったりと昼を過ごしていただろう。
結局二人は、大なり小なり自分達のせいで朝の時間を
まるまる使い果たし、村の注目の的になってしまい、
空き部屋だった寝室の内一つと、書斎を
どうにか綺麗に掃除し、大量にレミーが持ってきた荷物の荷ほどきを片付けた。

どうせ近いうちに、二つの部屋は掃除しなきゃいけなかったんだ。 きっとそう。
レミーが手伝ってくれたから、半日でお掃除も終わったの。 たぶん。
恋人なの? そんな若造より俺の息子とだなー!
慣れ親しんでいるが馴れ馴れし過ぎる、歓声や吠えが飛んでくる中
ティカは少し理不尽な今の状況に納得しようと必死である。
 「ごめん」
一息ついているティカにレミーは詫びを入れた。
じゃああんな所で寝ないでよ、と言おうとしたが彼女は口をつぐむ。
彼に家まで送って貰えなかったら、今頃自分はどうなっていたのか…
どんなにまともでマシな方向に考えても、彼女は自分が街道のど真ん中、
すやすやと間抜けに眠っている姿しか思いつかなかった。

 「はらへったわ」
言葉に詰まるティカを気遣ってかそうでないのか、
レミーはそそくさと荷物のケースから、遅い朝食を取り出しティカに手渡す。
包みを開けると中にはサンドイッチが4つ入っていた。
作りたてのように新鮮で、何故か少しひんやりしている。
初めて手に取る感触に、彼女は思わず驚きの声を上げた。
 「すごい… なに、これ」
 「サンドイッチ」
 「いや、あのね。 そうじゃなくて」
 「おとといの夜作った、レタスとポテトパンケーキとたまごのサンドイッチ」
ティカに薄い苦笑いが浮かぶ。 真面目に聞いた自分がちょっと馬鹿っぽく思えてきた。
それとも都会だと、『冷やして』物を保存する錬金アイテムは珍しくないのか。
正式な錬金術師ではない彼女も、何かを『温める』のは簡単だが、
何かを『冷やす』のはとても手間で難しい事は知っていた。

背負えばレミーの上半身をまるまる隠す、結構な大きさのケースに
中のものを冷やし続ける機構を持った、錬金アイテムを組み込む技術。
ここ最近になって、やっと行商人の売るそれと大差ない効き目の薬が
調合できるようになった程度のティカにも、どれだけ高度なのかは分かった。
そうなるとレミーは一体何者だろう。 もし今、彼が支度をしているものが
普通のランチなら、彼の話相手はすぐに浮かびあがる
疑問だろうが、生憎遅すぎる朝食なうえ、
窓から村の人々が、興味津々で二人のさまを覗いているのだ。

 「皆見てるよ、 …こんなところで食べられないよ」
 「しらんがな」
 「ここで食べなきゃだめ?」
 「ティカが納得する『ここ』って、どこよ」
視線などレミーは気にも留めずにサンドイッチを食んでいたが、
ひと切れの半分ほどを食べたところで、明らかにティカから視線を外し
わざとらしく声を荒げた。

 「紳士淑女諸君ー。
ひとんちかってに覗くなら、俺がマダムのへそくりを隠す現場やら、
オタノシミ中の旦那の情けない様やらも、かってに覗いてもいいんだよねえ」
耳にした途端、村人たちは皆ばつの悪そうな表情でいつもの日常へと帰っていった。
もう家のまわりに居るのは、何も知らずに、お祭り騒ぎに連れ出されたであろう
よぼよぼの老人達が何人か、編み物をしたり、ふらふらとそこいらを歩きまわっているだけだ。
少なくとも、口やかましいピーピングトムは既に居ない。
 「んなもん覗きたかないけど」
普段の気だるげな顔に戻ったレミーがこぼす。
 「『納得のいくここ探し』おしまい」
かじった跡のない、きれいなティカのサンドイッチを見て彼が言う。
ティカだって腹を相当空かせている。 瞬く間に彼女は4つのうち一切れを食べきった。

 「村の人たちに、嫌われないかなあ」
 「嫌いやしないよ。 皆赤ん坊からの付き合いだろ、たぶん」
「この押しのままじゃ、ティカがつくった錬金アイテム町に持ってっても、
きっと買い叩かれて終わり」
さらりと流れるが、ティカは食事の手を止め
レミーの方をまじまじと見つめている。
 「割りと社交的にやってるんだろーけど、あとちょっとだけ『外気』になるともっといい」
 「レミー、ソトキって?」
 「俺がいま作った言葉」
ティカは、現役の錬金術師から貴重な話を聞けたと思うとともに、
この青年が元いた町で嫌われていた訳が少しだけ分かった気もした。

都会の人は何でもかんでも忙しそうにこなす、と言うのは噂で聞いたことがある。
実際、都会生まれらしいホルガーは、休憩なのだから忙しくはなさそうな
昨日のランチでもずっと忙しそうにしていた。
彼はうっかり、ティカの分までカレイの揚げ焼きセットのパンを
食べてしまった事も恐らく覚えていないだろう。
訛っているようでもないが、レミーの言い回しは結構変わっている。
聞く耳を持てば彼が何を言いたいのかも、
そして彼が、根は決して悪くないことも分かるのだが、
忙しい人はみな、彼を『変人』の仲間入りをさせ、
仕事は他の『まっとうな言い回し』の錬金術師に任せてしまうのかも知れない。

それはもったいないな、と思ったティカは、もっとレミーの話を
よく聞いてみる事にした。
アベントロートやセラグレンの人は良くも悪くも田舎者だ。
皆の言う事は面白い事は面白いが、下品な言い回しも遠慮なく耳に入ってくるため
妙齢の娘にはたまにつらいものがある。 かといってホルガーの普段の姿など、
彼女は今までほとんど手紙を通じて対話していたので殆ど知らない。
レミーのような、すこしウィットに寄った語りは希少である。

 「食ってだいぶ経ったし、そろそろ特訓しよ」
いつの間にか包みの袋は取り上げられ、小さくクシャクシャの姿で
くず入れに突っ込まれていた。
考え事をしながら彼女は、サンドイッチを4つ全て食べ切っていたらしい。
掃除の時に教えていた置き場から、レミーはサカナ草…
傷薬の材料になる薬草を大量に握りしめている。
何故かハチミツの大瓶も小脇に抱えて。

 「…傷薬の調合?」
満腹になったティカは少しばかりボケていた。
 「ご名答」
 「葉っぱと茎の配合を変えたやつ、煮込む時間を変えたやつ、
汲んだトコが違う水は一つ一つ別々に調合して一人のノルマは今日中に5…
ああ、ハチミツを入れたのも作るから6瓶。 俺も同じのつくるから」
その説明を耳にするまでは。