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生と性(改稿版)

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(さて、今日はどう出るか……)
 恵美はため息まじりにそんなことを考えていた。
 恵美がバスを降りた時、先ほどまでの晴天が嘘のように塞ぎ込み、今にも泣き出しそうな空になっている。恵美は「これは一雨降るかもしれない」と思いながら、バッグの中の折り畳み傘を確認した。
「ごめんくださーい。高田です」
 昭雄の家はいつも鍵がかかっていない。恵美も勝手に玄関を開けて声を掛けるのだ。
「あ、お姉さん、お姉さん」
 そう言って、昭雄は足早に駆け寄ってきた。少し遅れて母親がやってくる。
「いつも済みませんねぇ」
 モンペ姿の母親は空茶を淹れてきたが、昭雄はすぐ恵美の手を引っ張った。
「お姉さん、早く、早く……」
「まあ、昭雄もそんな急くじゃないよ」
 母親にたしなめられても、昭雄はお構いなしだ。恵美の手を引っ張っている。
「じゃあ、お母さん、早速……」
 恵美は昭雄の部屋へ足を向けた。昭雄の部屋はいつも乱雑だ。親もあまり干渉しないのだろうか。ベッドはなく、そこはいつも万年床のように思われた。
 部屋に入るなり、昭雄が恵美の胸を鷲掴みにした。昭雄は「へへへ、おっぱい、おっぱい」などとうわ言のように呟いている。
「こら、昭雄さん。ちゃんと物事には順序っていうものがあるのよ」
 恵美は昭雄の手を払いのけた。次第に大胆になる昭雄を見て、多少の不安が恵美の中に存在していた。
「お姉さん、キスしてくれないかな?」
「キスはダメ……」
「じゃあ、早く服を脱いでよ」
 恵美はブラウスをはらりと落とした。すると昭雄は勝手にシャツを捲り、ブラジャーの隙間から手を滑りこませてきた。
「だから、ちょっと待ってってばぁ」
「んー、お姉さんのおっぱい、おっぱい……」
 昭雄は取り憑かれたように、恵美の乳房を揉みしだいている。昭雄はいつも恵美の乳房に異常なまでに執着していた。
 仕方なくその場で、恵美はシャツを脱ぎ、ブラジャーを外した。形のよい乳房がそこにあった。
「お姉さん、お布団へ行こう」
 乱れた布団の上でも、昭雄は恵美の乳房を執拗に揉み、乳首を吸いたてていた。恵美は昭雄の股間に目をやるが、勃起しているかどうかはわからない。昭雄は子どもがいつまでも母親の乳房に固執するように、恵美の乳房に齧りついていた。
 恵美は感じていた。昭雄は性的な欲求もあるが、自分に母性を求めているのだと。乳房に固執する男性は潜在的に母性を求める傾向があるという。そんな話を恵美は、昭雄に乳房を提供しながらぼんやりと考えていた。
 乳房に飽きたのだろうか、昭雄がスッと立ち上がった。そして、ズボンのベルトを緩める。昭雄のペニスはお世辞にも立派とは言えなかった。彼もまた包茎であった。それだけでなく、ホルモンバランスの影響だろうか、ペニスが異様に小さいのだ。勃起していなければ、それは股間に埋もれてしまうくらいの大きさだった。勃起しても使い古した鉛筆くらいの大きさにしかならない。恵美は初回の時、これでまともな性交ができるのかと思ったほどだ。
 昭雄がペニスを取り出す。それは申し訳なさそうに勃起している。先細りのいかにも未発達なペニスだ。
「お姉さん、フェラチオして、してくれよぉ……」
 軽度の知的障害なれば「フェラチオ」の意味が理解できても不思議ではない。
「昭雄さん、おちんちん、ちゃんと洗ってる?」
「うん、お風呂に入った時、ちゃんと洗ってる」
 それでもペニスからは残尿のような異臭がした。恵美はバッグからウェットティッシュを取り出すと、それに消毒用のアルコールを沁み込ませ、昭雄のペニスを拭き始めた。
「冷たい、沁みるよ」
「このくらい我慢しなさい。でないと、おちんちん舐めてあげないわよ」
 フェラチオも相手が望めば辞さない。それが恵美の「性介助」の基本方針だった。ただ、昭雄のようなペニスをフェラチオするには、それなりの覚悟がいる。恵美は丁寧に昭雄のペニスを拭きあげた。昭雄は真性包茎であったから、包皮を完全に剥くことはできない。彼が痛がるのだ。
 昭雄は乳房に固執するのと同様に、フェラチオへの憧れが強かった。昭雄の細く、小さいペニスではもしかしたら性交は不可能かもしれないとも思われた。今までの二回はすべてフェラチオで終了している。おそらく今日も昭雄はフェラチオで果ててしまうかもしれない。そんなことを恵美は思っていた。
「ねえ、早く舐めてくれよ」
 いつまでも丁寧にペニスを拭く恵美に焦れたのだろう。昭雄が急かすように言った。
 恵美は上目遣いで、昭雄の顔を見ながら、鉛筆のようなペニスを咥えた。綺麗に拭き取ったつもりだったが、残尿のしょっぱい味がする。こんなフェラチオはすべて商売っ気だけでできるものではなかった。そこにはやはり、多少なりともボランタリーな精神が存在していた。
 舌先で包皮の先端を刺激してやる。すると、昭雄は「あっ、あっ」と喘ぐような声を漏らした。
 フェラチオに憧れる男性ほど、やはり母性を求めるという。
(昭雄君は母親から愛情を注がれなかったのかしら?)
 そんな考えが恵美の脳裏に浮んだ。
「ああ、お姉さんの口、最高、最高……」
 昭雄は自分のペニスを咥える恵美を眺めながら、満足そうに笑った。行為を終了に導くのは簡単だった。強く吸い立てた後、先端の包皮を舌で刺激してやる。包皮は亀頭より敏感な部位だ。過度の刺激には弱い。恵美が口の中で包皮の先端を転がしていると、その先からドロリとした液体とも固体ともいえない物質が放出されたのだ。恵美の口内に栗の花の臭いが広がった。恵美はそれをティッシュの上に吐き出した。
 すっきりした顔の昭雄が笑顔を覗かせた。
「お姉さん、実は僕、養護学校のゆっこが好きなんだ」
「ゆっこちゃんって同級生?」
「うん。同じクラスなの。この前、体育館で裸を見せてって言ったら、見せてくれたんだよ。でも、先生に怒られちゃった。お父さんにも叩かれた。痛かったなぁ」
 そう言いながらも昭雄はヘラヘラと笑っている。教師や親が昭雄にどのような指導をしたかは、恵美にもわからなかった。ただ、あまり反省はしていない様子だ。
「学校でお友達を裸になんかしちゃダメじゃない。その子、傷ついたと思うよ」
「でも、僕の言うこと聞いてくれたんだよ。僕、悪いことしてないもん」
 それはおそらく、ゆっこの無知に付け込んだ昭雄の悪戯だと推測した。
「あのね、お姉さんも仕事だから昭雄さんに胸触らせたり、フェラチオしてあげたりしているのよ。他の女の人を裸にしたり、乱暴なことしちゃ絶対にダメ。わかった?」
「わかったよぉ。でも、ゆっこも僕のこと好きって言ってくれたんだよ」
 恵美は障害者同士、特に知的障害者同士の恋愛の難しさを感じていた。
「ちゃんとゆっこちゃんとお付き合いしたいならば、ゆっこちゃんの親と、昭雄さんの親ともよく話し合ってからじゃないとね。場合によっては養護学校の先生に間に入ってもらってもいいんじゃないかしら」
 今の恵美にはそう助言するのが精一杯だった。
「お父さんは、もうゆっこに近づいちゃダメだって言うんだけどね。僕ね、養護学校を卒業したら工場で働くの。お金溜めたらね、ゆっこと結婚するんだ」
「そう、じゃあ、そのためにも昭雄さんが今以上にしっかりしなきゃね」
作品名:生と性(改稿版) 作家名:栗原 峰幸