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WonderLand(中)

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 学校の授業は進んでいくし、季節も移ろいでいく。暑い日差しは、いつしか肌を射る冷たい風になり、青々とした緑の葉は、赤や黄に色づいて、そのうちからからに枯れて地面に虚しく落ちた。葉を失った裸の木の幹からは、針金のような鋭い枝が、青とも灰ともつかない曖昧な低い空に伸びた。
 季節は冬になろうとしていた。
 あたしは、あれから何度となく、父の陰を覗いた。
 情事は最初のとき同様、真っ暗な闇の中で行われるから、この目で直接その様子を見ることはなかった。ぼんやりと浮かぶ輪郭で見える情事で、父は陶器の人形を激しく一心不乱に抱き、人形はいつも高らかに笑った。情事を終えると、父はいつも鼾を掻いて、無防備な身体をベッドに横たえていた。その身体を横目に、あたしはウサギから五千円札を一枚受け取る。父の財布に五千円札がないときは、ウサギが自分の財布から五千円札を取り出してあたしに渡した。
 あたしが貰った五千円札を使ったのは、最初の一回だけだった。他に何か買いたいものが思いつかなくて、貰った五千円をあたしは机の引き出しのずっと奥の封筒にしまった。封筒の中には、小学六年生のあたしが持つには大金過ぎる額のお金が溜まっていた。
 あたしは、両親には内緒で、塾を退会していた。もともと月謝は手渡しだったから、月謝さえ毎月受け取り、塾のあるはずの日に家にいなければ、母にばれることはなかった。塾があるはずの日で、ウサギに呼び出されない日には、あたしは一つ先の駅のマクドナルドで時間を潰す。塾のない日に呼び出されれば、塾の補講だと嘘をついて、父の陰を覗きに出掛けた。受け取った月謝に手をつけたことはない。同じように引き出しの奥に、違う封筒にしまっている。
 WonderLandへ行くことはなかった。あくまで、ウサギに呼び出された日に出掛けるだけだった。
 リリーさんの言葉が、ふと頭によぎることがある。
「一度陰に呑みこまれてしまえば、日向に戻るのはそう容易なことじゃない」
「傷は、いずれは癒えていく。癒してくれるのは、この街でもモモコでもない。アンタが生きる、アンタの時間だけなんだ」
 リリーさんは、ウサギとの接触を反対していた。あたしが見た父の陰は、あたしの傷であると、それを追い掛けていけば、陰に呑みこまれてしまい、日向に戻るのは難しいと。
作品名:WonderLand(中) 作家名:紅月一花