WonderLand(中)
ウサギによって、あたしが変わってしまったのは事実だ。でも、あたしは思う。ウサギと出会ってしまったあの日から、あたしの行きつく先は決まっていた。いや、この世に産み落とされたときから、あたしの行きつく先は決められていたのだ。陰が傷ならば、あたしの存在は傷の他何者でもない。癒すことなど許されない、癒すなどという言葉自体が存在しない、傷があたしにとって当たり前のものなのだ。
あたしは、傷を、陰を見つめるしかないのだ。
だから、あたしはウサギと共にいる道を選んだ。
でも、嘘で塗りたぐりながら維持してきた生活は、長く続くことはなかった。十二月に入ったばかりの平日の夜、塾があるはずの日だったけれど、ウサギからの呼び出しがなかったあたしは、一人、マクドナルドでポテトを齧っていた。学校で出された宿題の漢字ドリルを机に広げる。この生活を始めて、宿題の提出率が良くなり、テストの点数が上がったのは、なんとも皮肉なことだ。
八時を回ったくらいに、携帯電話が鳴った。母からだった。
この時間に、あたしが授業を受けているはずだということを母が知らないはずはなかった。それなのに着信があるのは、奇妙な話だった。出ずにいると、メールが来た。
「どこにいるの?塾にいないのはわかっているのよ」
あたしは不思議と、何の焦りも感じてはいなかった。ついにばれたのか、とぼんやり思っただけだ。
「すぐに帰ってらっしゃい」と書かれたメールを見て、あたしは荷物を片し、店を出た。これから起きることが、決して平穏に済まされることではないことは容易に想像できる。しかし、あたしは逃げる術を持たない。
家に帰ると、玄関に立っていた母は、いつものやさしい穏やかな母ではなかった。泣いていたのだろう、目を真っ赤に腫らした顔で、扉を開けて立ち尽くしていたあたしに、突然飛び掛ってきた。
「塾を勝手に辞めて、何してたのよ!アリス、アンタ何してるのよ!」
肩を揺さぶられて、身体のバランスを大きく崩して床に倒れ込んだ。弟が部屋から恐怖に駆られた青白い顔で、あたしたちを見ていた。そんなのもお構いなしに、母はあたしを責め続けた。
「机に入ってたあのお金は何なの!?月謝はわかるわ、でもあの五千円札の束は何!?」
母は、あたしの机の引き出しを勝手に探ったのだ。隠しはしても、中をまさぐれば見つかっても仕方なかった。
作品名:WonderLand(中) 作家名:紅月一花