WonderLand(中)
「パパ、あたしの中で出したのよ。子どもの種、精子ってわかるわよね?」
あたしは小さく頷いた。
「あたしの子どもが欲しいんだって、本当の子どもが欲しいんだって」
そう耳に小さく囁きかけるウサギは、とても楽しそうだった。
「本当の子どもが欲しいんだってー!」
次の瞬間、大声で歌うようにそう云って、ウサギは高らかに笑った。情事の最中と同じ、あの高らかな笑い声だった。
あたしは怯えきっていた。耳を塞ぎたくても、耳を塞ぐための手を動かすことができない。この場から逃げ出したくても、逃げ出すための一歩を踏み出すことができない。
父は何も知ることなく、何に気付くこともなく、鼾を掻いて眠ったままだった。哀れで、悲しい生き物だった。
「何を飲ませたの?」
「前にも云ったでしょう、軽い睡眠薬よ。心のお医者さんでね、眠れないんですーって云ったら、簡単にくれるのよー」
心のお医者さん。ウサギの精神は正常ではないとは感じたけれど、おそらく自分のカウンセリングのために病院へ行ったのではないだろうと思った。このために、眠らせる睡眠薬を手に入れるために、病院へ行ったのだろう。
「あたし、本当の子どもじゃないって、ウサギさんは知ってたの?」
「知ってたわよ、あなたがパパの本当の子どもじゃないこと。弟のナイトくんも、パパの子どもじゃないわ」
ウサギがあたしの顔をじっと覗き込むようにして云った。あたしは目を逸らしたかったけれど、ウサギの大きな瞳にがっちりと繋がれ、目を逸らすことができなかった。
「あなたのまママの卵子にはね、子どもを作るための種が入ってなかったの。いくらセックスをして精子と卵子を引き合わせても、どちらかに子種が欠けていれば、子どもはできない。でも、子どもが欲しかったんだって。だから、捨て子だったあなたたちを引き取ったのよ」
ウサギはあたしから離れると、煙草を取り出して火を付けた。それから、ウサギが知っているあたしたちの話を、静かに語り始めた。その様子は、まるで絵本を読んで聞かせる母親のようだった。
作品名:WonderLand(中) 作家名:紅月一花