WonderLand(中)
陰の世界は、陰の連鎖だ。いくつもの陰が絡まりあって、尾を引きながら世界を創り上げる。知らなくて良かった陰を、あたしは陰の世界を覗き見たがために、知ってしまった。紛れもなく、あたしが抱えていた陰の部分。
あたしは父の本当の子どもではない。あたしだけではない、ナイトもまた、父と母の本当の子どもではない。いずれは、あたしたちも事実を聞かされる日が来ただろう。しかし、あたしとナイトの違いは、それを父の口から直接、苛々とした口から聞いたかどうかだ。
「咽喉が渇いたわ。ワイン、入れていい?」
ウサギがベッドから立ち上がるのがわかった。ごそごそと衣服を探しているだろう音が聞こえて、しばらくしてぱちんと小さな電気が付いた。
隙間から、ベッドに横たわる父の姿を見た。
性器を剥き出しに、仰向けに横たわっている。小さく、萎んだ哀れな男が、其処に在る。
涙はもう、渇ききっていた。
ポンと、コルクの抜ける音がして、ウサギがそれをグラスに注いでいくのがわかった。
ワンピースを身に着けたウサギが、父にワイングラスを一つ、手渡した。父は身を起こして、慌てて下着だけを身に着けると、そのグラスを手に取った。
「乾杯」
そう云うと、父は咽喉が渇いていたのだろう、ごくごくと、まるで水を煽るかのようにそれを咽喉に流し込んでいった。まるで血のような、赤黒い液体だった。十分ほど、二人は他愛のない話をしていたが、そのうち父の鼾が聞こえてきた。
「セックスをした後、お薬で眠ってもらうの」
ウサギがいつか云った言葉が、脳裏に蘇った。ウサギは父の傍へ行き、何かを確認すると、あたしの方へやってきて、思い切りクローゼットを開けた。
「パパの陰は、面白かったかしら?」
華奢な、ただ美しいだけの女性の姿ではなかった。楽しそうに嘲り笑う人形が、目の前に立っていた。
「あら、泣いていたの?」
ウサギは、あたしの頬を真っ白な細い指で、やさしく拭った。冷たい指だった。
「パパはぐっすり眠ってるわよ。とても穏やかな寝顔」
そう云って、ウサギはあたしの手を引いて、ベッドで鼾を掻く父の傍まで連れて行った。父の顔をじっと見たことは、これまでなかったように思う。十二の娘の父親としては高齢である四十八歳の父の顔には、幾本もの深い皺が刻まれていた。浅黒い顔は、何も知らない、無防備なただの中年男の顔だった。
作品名:WonderLand(中) 作家名:紅月一花