WonderLand(中)
耳を疑い、身を乗り出すようにして、隙間を覗き込んだ。
「そんなこと云って、お子さんが聞いたら泣いちゃうわよ」
「子どもの前で云うもんか、萎えるようなこと云うなよ」
そう云うと、父は再び動きを激しくした。ウサギは、これまで以上に高らかな笑い声を上げ、父は低いうなり声を荒い息と共に吐き出した。ベッドの軋む音が、耳の中でどんどん大きくなっていく。
本当の子ども?あたしは本当の子どもではないの?父の子どもではないの?
このクローゼットを飛び出して、父に問い質したい衝動でいっぱいだった。頭の中が、不穏な、鉛筆で塗りたぐったような気持ち悪さでいっぱいになっていく。目眩がして、呼吸が苦しくなっていく。
本当の子どもが欲しいって、お父さん、どういう意味?
うっと、一際大きな唸り声が聞こえ、その声を境に静寂が訪れた。宴の終焉だった。
ぐったりとベッドに倒れ込んだ父に、ウサギは覆いかぶさるようにして悪戯っぽく聞いた。
「もしあたしが子どもができたなら、どうしてた?」
父は息を切らしながら、「そうだなぁ」と呟いた。
「俺の子どもができるなら、子どもを作りたいよ。妻だって、何も云えやしない。子種がないのは、妻の方なんだから」
あたしは二人の間で交わされる会話の内容を、まったく咀嚼できていなかった。
「でもそれを承知して奥さんと一緒になって、可愛いお子さん二人を引き取ったのは、あなたでしょう?」
「そりゃぁ、結婚したって子どもがいない家庭なんて、家庭じゃないだろう。俺はずっと子どもが欲しかったんだ、騙されたに等しいよ。知ったときには、もう後に引けなかったんだ。
それに、子どもを貰おうと云ったのは、そもそも妻の方さ。俺は、得体の知れない人間の子どもなんて、欲しくなかったんだ。自分の血の繋がった子どもだったら、多少の欠点さえ可愛いと思えただろうさ、でもそれが他の誰かの血によるものだと思うと、ぞっとするよ。
特に最近はアリスが難しくてね。突然むっつりと俺と話さなくなった。俺だけじゃない、妻ともだよ。ずっと部屋に引き篭もりっぱなしなんだ。妻は反抗期だろうと云うけれど、俺からしてみれば可愛くないよ。知らない誰かの遺伝子によるものなのかもしれないんだからな」
父の声が、どんどん遠くなっていく。目眩がして、あたしは覗き込むのを止め、床に座り込んだ。
作品名:WonderLand(中) 作家名:紅月一花