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WonderLand(中)

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 ウサギの、深い溜め息ともつかないような声がうっすらと漏れる。「モモコ、モモコ」と、父が何度もウサギの名前を呼んだ。静かに始まった快楽の宴が、次第に激しさを増していく。モモコの口から漏れる声は、そのうち叫び声ともつかぬ狂気に変わり、ベッドが激しくぎしぎしと軋む。父の息は荒くなり、虚ろにモモコに話し掛けた。
「モモコ、愛してるよ」
「モモコ、綺麗だよ」
 まるでボタンを押すと言葉を喋る人形のように、何度も何度も父の機械的な言葉が聞こえてきた。虚ろな父の言葉、ウサギの狂気の叫び声、ベッドが軋む音、肢体と肢体がぶつかり合う音。あたしはいつしか耳を塞いでいた。聞こえてくるものは、悪夢そのものだ。あたしが今見ているのは、悪夢だ。
 耳に指を突っ込んでも、その指をがむしゃらに動かしてみても、情事の様々な音は絶えない。いつしか、モモコの叫び声が、笑い声に聞こえ始めた。高らかに、あたしを嘲笑する声。口角だけが釣り上がった不自然な笑顔で、モモコは笑い続ける。
 父には聞こえないのか、この高らかな笑い声が。
 高らかに笑い続ける人形を抱きながら、一心不乱に腰を振り続ける父は、何も気付いていないのか。父はモモコという女性を抱いてなどいない。ウサギという、真っ白な陶器の冷たい人形を、その腕に抱いているのだ。
 恐ろしい!恐ろしい!恐ろしい!恐ろしい!恐ろしい!恐ろしい!
 涙が、無意識のうちに頬を流れた。幾筋もの涙が、溢れては零れ、ぐずりと声を上げそうになったけれど、音を漏らしてはいけないと自分に云い聞かせて、ぐっとそれを飲み込んだ。
「もうイクよ」
 父は息切れしながら、そう呟いた。そして、腰を振る動きを、ますます激しくしていく。
「たくさん、中に、出し、て」
 息も切れ切れに、ウサギが云った。父の腰の動きに合わせて、大きな笑い声を立てる。
「子どもができちゃうくらい」
 ウサギがそう云うと、父は腰の動きは止めずに、しかしその動きを少し緩めて、「君に子どもができたなら、さぞかし可愛いんだろうな」と呟いた。
 子ども、という言葉に、あたしは鋭く反応した。
「いるじゃない、あなたには可愛い子どもが」
 モモコは声を少し大きくして云った。まるで、あたしに聞かせているかのようだった。
「本当の子どもが欲しかったんだ。私の本当の子どもが」
 本当の、子ども?
作品名:WonderLand(中) 作家名:紅月一花