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WonderLand(中)

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 何も知らない父が、あたしの前を横切る。あたしが其処に居るとも知らずに、下げていた紙袋をテーブルに置くと、次の瞬間、ウサギを抱き寄せた。
 父は昔アメフトをやっていたらしく、年齢の割には体格ががっしりとしていて大きい。その父に抱きしめられたウサギは、すっぽりと身体が覆われて、本当に小さく見えた。ウサギも、父の抱擁に応えるように、その広い背中に腕を回した。ウサギの目が、あたしを見ていた。ウサギは笑みを浮かべた。微笑んだウサギの顔が次第に歪み、高らかな笑い声が聞こえてきた。
 父は身体を傾け、頭一つ分以上小さなウサギの顔に自分の顔を近づけ、その唇を吸った。左手でウサギの身体を抱きながら、右手で乳房をまさぐる。
「電気を消して」
 ウサギは息を弾ませながら、云った。
「たまにはいいじゃないか、君の身体を見たいよ」
「ダメ、消してくれなくちゃ帰っちゃうわよ」
 声にならないようなかすれた声で、ウサギが悪戯っぽく囁く。父がしぶしぶ電気を消し、あたしは何も見えなくなった。
「君はいつも隠したがるね。私は君を受け入れているのに」
「その話はやめて頂戴」
 ふっと、荒い呼吸音が絶えた。二人の姿はよく見えないけれど、唇を貪り合っているのは聞こえてくる音からなんとなくわかった。キスが、こんなにも激しく、こんなにも不愉快なものだということを、初めて知った。どすんという音が聞こえて、二人がベッドの倒れ込んだのがわかった。
 目が慣れてくるにつれて、よくは見えないけれど、二人の輪郭がぼんやりと浮かび上がってきた。目の前には、絡まりあう二つの肢体があった。
 それは、あたしにとって異国の風景に等しかった。リリーさんの情事に出くわしたときもそうだったけれど、セックスの光景は、あたしにとっては珍妙なもの、それでしかなかった。セックスを知らないわけではない。早熟なクラスの友達の中には、既に体験をしたという子もいた。クラスの男子たちの間でのアダルト本やアダルトDVDの回し見は、もはや日常だ。言葉の上でのセックスは、ひやかしや好奇な対象である一方、大人への階段、憧れのものでもあった。しかし、実際に目の当たりにしたそれは、けったいなものこの上なかった。それが父のものであるのだから、興味というよりはむしろ、気持ち悪ささえ感じる。
作品名:WonderLand(中) 作家名:紅月一花