WonderLand(中)
あたしに傷を負わせた父でさえ、いつもと何一つ変わらなかった。クローゼットの僅かに開いた隙間から見える光景は、いつもと何ら変わらない。真っ暗な闇の中で遊戯は始まる。父は、ただ一心不乱に人形を抱いている。高らかな笑い声をあげるウサギの膣に、自分の快楽の根源を押し込み、腰を前後に激しく振り、二つの肢体はは激しく揺れる。あたしは、黙ったまま輪郭しか浮かび上がらないその遊戯を見つめていた。
父はいつものように、ウサギの中で果てた。
「今日の金城さん、なんだかすごかった。とっても激しかったわ」
ウサギは、ぐったりとベッドに横たわる父に云った。
「気を紛らわしたかったんだよ。アリスのことで家は大荒れさ。あんな家に、居れたもんじゃない」
父は吐き捨てるように云った。
「人の財布から金を盗むような屑になるとは、きっとアイツを産んだ奴やとんでもない悪だったんだろうよ。まぁ、子どもを捨てるくらいの奴だからな」
これからどうしたものか、父はそう零した。これからがあったのなら、父はあたしをどうしただろうか。また、孤児院の前に捨てるだろうか。それとも、今度は殺すだろうか。
どうして、あたしは生きているんだろう。どうして捨てられたときに、あたしはその命を終えることができなかったのだろう。あたしが生きていることに、どんな意味があるというのだ。
あたしは、これから起こる何らかの歴史の原因に、なっているのだろうか。
「何か飲む?」
ウサギはいつものように聞いた。「あぁ、頼むよ」と、父は云う。ウサギが差し出したのは、初めて父の陰を見たときと同じ、赤ワインだった。
父はいつもと同じように、それをぐっと飲み干した。
飲み干して数分後、父は大きな欠伸をし始めた。ウサギが入れた睡眠薬が効き始めたのだろう。
「あぁ、なんだか眠くなってきたよ。モモコと居るときは、よく眠れるんだ。特に今日は疲れているから、余計だな」
身体が重い、父はそう云った。
ウサギが云った。
「これをアリスちゃんが見ていたら、どうなるかしら?」
父はその言葉を、鼻で笑った。
「やめてくれよ、せっかく良い気分になれたのに、アリスの話は」
モモコの顔はそこにはなかった。道化のような仮面を被った人形が、其処で笑っている。モモコは高らかに笑いながら、あたしの方へやって来た。
そして、クローゼットを勢いよく開けた。
作品名:WonderLand(中) 作家名:紅月一花