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WonderLand(中)

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 あたしは答えなかった。素早く靴を履き、家を出る。母が追いかけてきて、「ちょっと待ちなさい」とあたしの腕を掴んだけれど、あたしはそれを強く振りほどいた。母が地面に倒れ込み、身体を強く打ちつけたことなど、知ったことではなかった。逃げなくちゃ、逃げなくちゃ。あたしは全速力で走った。痛みなんて関係なかった。走らなくてはならなかった。逃げなくてはいけなかった。ウサギのもとに、たどり着かなくてはならなかった。周りなど見ず、後ろを振り返ることもしなかった。ただ、前だけを目指した。
 赤黒く腫れあがったあたしの化け物のような顔は、人の注意を引き付ける。なるべく見られないように、駅に着いても、電車に乗っても、あたしは始終俯いたままだった。
 ウサギと出会った場所、「いつもの場所」にたどり着いたとき、時刻は六時になる少し前だった。ウサギは、こんなにも変形してしまった醜いあたしの顔を見て、あたしだと気付くだろうか。その心配は杞憂に終わった。ウサギはまっすぐにあたしの元へやってきた。あたしの腫れあがった顔を見て、本当に悲しそうな顔をして、「可哀想に」と、腫れた頬をやさしく撫でた。
「アリスのせいじゃないのに」
 そう云うウサギは、昨日の事の顛末をしっているようだった。苛立った父が、愚痴ついでにウサギに電話かメールでもしたのだろう。
「でもね、これも運命なのよ、アリス。あなたはこうなるように創られた、悲しい存在なの」
 ウサギの顔は、いつしか笑っていた。
「物事には必ず原因があるわ。あなたが此処に居ることにも原因があり、その原因もまた原因を有するの。原因の連鎖で、人は存在するのよ。まさに、運命だわ」
 そう云うと、ウサギはいつものように千円札をあたしに渡し、スターバックスコーヒーへ行くようにと促した。
「六時半にパパが来るわ。またメールするわね」
 いつものようにあたしは、店の中からウサギと父が落ち合うのも待った。
 あたしがどんな傷を負おうとも、世界は何も変わらない。
作品名:WonderLand(中) 作家名:紅月一花