WonderLand(中)
「ねぇ、あのお金は何なの?アンタ、一体何してるの?」
あたしは何も云わなかった。ただ、怒り、気が狂ったように叫び続ける母をじっと凝視し続けた。言葉が耳に入っては来るけれど、言葉として脳に伝わらない。
帰宅した父は、口を開くよりも先に、あたしの頬を思い切り引っ叩いた。何度も、何度も、顔が変形するのではないかと思うくらいに、殴った。
「最近、財布からお金が減っていると思ってたんだ。おまえが盗ったんだな」
やはり、父は薄々お金が減っていることに気付いていたのだ。ただ、それがウサギの仕業だとは思わなかったのだろう。いや、勘付いてはいても、そう思いたくなかっただけなのかもしれない。それが今、あたしという新しい犯人像が仕立てられ、安心して責められると思っているのかもしれない。
あたしが盗ったお金ではない。ウサギによって与えられたお金だ。しかし、元をただせば、父のお金という天では間違ってはいなかった。
父はろくに事実を確認することなく、あたしに掴みかかった。
「この泥棒猫!ろくでなし!人間の屑!」
これ以上人を否定する言葉はないだろうと思うくらいに、父はあたしを罵倒し、あたしを殴った。鼻血が出て、歯が折れて、床が血で真っ赤に染まっても、父は止めなかった。
母は、父を止めなかった。殴られるままになっているあたしに、母は助け舟を出してはくれなかった。弟は泣きじゃくっていた。恐怖で泣いていた。
どうして、あたしは殴られているのだろう。
薄れていく意識の中で、あたしは父の目をじっと見つめた。その中に、ウサギが見えた。口角だけを釣り上げて、ウサギは高らかに笑っていた。ぱくぱくと、小さく口を動かす。
「アンタは、陰に産まれ堕ちた子どもだから」
そこで、意識はぷっつりと途切れた。
+ +
目が覚めたとき、あたしはよく目が見えなかった。目を開けようとしても、腫れあがった目蓋は目を開けることを許さなかった。顔が痛い。頭が痛い。口が痛い。もう、どこがどう痛いというのではなく、ただ痛かった。身体中で痛くないところはなかった。ずきずきと、少し表情を動かそうとするだけで、激痛が走る。それは顔だけではなく、身体も同じだった。
作品名:WonderLand(中) 作家名:紅月一花