黒太子エドワード2
一九章 ジョアン、重婚?
「それは、一体どういうことなのですか、父上?」
「おや? こういう所で話すのは嫌ではなかったのか?」
「そこまでおっしゃっておいて、放置すると言う方が無理でしょう!」
苦笑しながら黒太子はそう言うと、父親にもう少し近寄った。
そんな様子を少し離れた所で見ていたジョン・チャンドスがサッと近付いて来る。
「陛下、お戯れが過ぎますぞ。これでは、王太子殿下が気の毒でございます」
「ううむ……。チャンドスにそう言われたら、仕方がないか……」
元々、王太子のお目付け役としてチャンドスを付けたのも、エドワード三世自身だった。彼自身がまだ二〇代前半という若さであったので、息子にはある程度年配のしっかりした者をつけて、教育してもらおうとの心配りであった。
だからこそ、そういう風にチャンドスに言われると、それ以上息子をからかうことなど出来なくなったのだった。
「では、父上、ちゃんと教えて頂けますね?」
チャンドスの助力を得、黒太子は先ほどより胸を張って、真っ直ぐ父の目を見ながらそう尋ねた。
「それはいいが……取り乱すなよ?」
「はい」
そう答えると、黒太子はごくりと唾をのみこんだ。
「ジョアン・オブ・ケントは、ソールズベリー伯モンタキュートと結婚することになったそうだ」
「は……? 彼女は、トマス・ホランドと既に結婚していて子供ももうすぐ生まれるのではなかったのですか?」
「そうなのだが……それはどうも、本人同士だけの秘密結婚であって、ケント伯の親戚連中は認めていなかったらしいのだ」
「……要するに、家柄がふさわしくないということですか……。だから、『もう少し待て』と言ったのに、ジョアンは!」
そう言うと、黒太子は足元にあった石を蹴飛ばした。
それは、父にもチャンドスにも当たらなかったが、父は苦笑した。
「エドワード、取り乱すなと申したであろう?」
「……はい……。すみません……」
「お前がそういう態度をとると分かっておるから、私も今まで縁談の話をしなかったのだ! 本当は、既に何件もきておるのだぞ! それこそ、国内の貴族の娘をはじめ、フランス貴族や他国の王族の娘からもな!」
「申し訳ありません、父上……」
黒太子がそう言ってうなだれると、父王は小さく頷きながらこう言った。
「もうよい! よいから、うなだれるな! お前は、一国の王太子なのだぞ! いつ何時でも、威厳を忘れるでない!」
「はい、父上……」
そう返事はしたものの、まだ顔を上げようとしない黒太子に、父王はため息をついた。
「今度、フィリッパがわざわざ産後間もないというのに海を越えて来るというのも、多分、そのこともあって、だろう。あやつは、ジョアンをとても気に入っておって、出来ればお前の嫁にしたいと、今でも思っておるようだしな」
「でしたら……!」
見る間に顔を輝かせ、こっちを向いた黒太子に、父王は苦笑した。
「こら、早とちりするでない! ケント伯側は、ソールズベリー伯ウィリアム・モンタキュートとの結婚を進めておるのだからな!」
「そう……ですよね……」
そう言う黒太子の顔は、再び下を向いた。
何故だ? 何故、イングランドの王太子よりソールズベリー伯の方がいいんだ!