黒太子エドワード2
二〇章 違う血
「お前とは遠縁の従姉にあたるしな、違う血を入れたいというのもあるのだろう」
そんな彼の想いを察してか、父王エドワード三世がそう言うと、黒太子は小さな声でその言葉を繰り返した。
「違う血……」
「そもそも、ジョアンは、既にトマス・ホランドの子を孕(はら)んでおる。他の男との結婚に同意など、したりはせんだろう。私が先程フィリッパの話をしたのも、ソールズベリー伯との結婚を無効にする方法を探しているはずだと言おうとしたのだが、話が逸れてしまったな。期待させて、すまぬ、エドワード」
「いえ……。早とちりをした私が悪いのです」
そう言いながらも、黒太子は父王の言葉を頭の中で繰り返していた。
「結婚を無効にする方法」なんて、あるのか……? トマス・ホランドとの結婚が二人だけの秘密結婚で、法的効力が無いとすれば、考えられるのは、あと一つ。キリスト教の最高峰たるローマ教皇に「無効である」と宣言してもらうことくらいだが……そこまでするものだろうか?
そんなことを考える彼の脳裏には、イングランドを出る前に会った、幸せそうなジョアンの姿が映し出されていた。
『エドワード、告白するなら、次期を逃してはダメよ』
今にして思えば、少しふっくらしたように見えた彼女の顔には、穏やかで、優しいものがあった。母になった者だけが得るものだったのかもしれないと、黒太子は思った。
「殿下……」
気付けば、もう父王エドワード三世は傍を離れ、大砲やカタパルト等、カレーの町を攻略するのに必要なものの方に行っていた。
「大丈夫だ、チャンドス。私はもう、ジョアンのことで取り乱したりはしない。まぁ、ローマ教皇に口を聞いてくれと言われれば、流石に考えはするが」
そう言って黒太子が苦笑すると、初老のお目付役も苦笑した。
「まぁ、あのお嬢さんなら、やりかねないでしょうな。行動力がおありですから」
「そう。ありすぎるから、困るのだ!」
黒太子はそう言うと、再び苦笑した。
ジョアンより行動力も勇気もある高貴な女性が、彼の元にやって来るのは、それからしばらくした頃であった。