新撰組異聞__時代 【中編】
第1話 会津藩御預かり
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季節は、未だ二月半ば。
「寒い!」
宿の二階で、男はさっそく文句を云った。部屋が狭いだの、方角が悪いだの、膳には鯛の尾頭付きを出せだの、きりがない。
「また、始まりやがった…」
遠くで冷ややかに見据えながら、歳三は呟いた。
「吾らは、将軍・家茂公警護の浪士隊である!それをこのような扱い我慢ならんっ!」
「まぁまぁ、芹沢先生。店の主は悪気ないのですら、ここは抑えて」
いつの間にか、芹沢鴨の宥め役に近藤勇がなっていた。
「あいつの云う事をいちいち聞いていたら、埒があかないぜ。勝ちゃん」
「だが、大焚き火されるよりはいいだろう?」
人の、いい男である。結局、他の浪士と相部屋が気に食わぬとごねる芹沢に、勇は旅籠の主を何とか拝み倒し部屋を開けてもらった。
勇の云う“大焚き火”とは、後に『本庄宿大篝火事件』として芹沢が起こした事件である。
それは、江戸を立った二日目。本庄宿についた彼らだが、勇は大変な事に気付いた。
芹沢鴨の宿を取り忘れたのである。
浪士隊の宿割りの役を命じれたのはよかったが、何せ大人数である。怒った芹沢は、宿がないから外で寝ると言い出した。問題はその後だ。
芹沢はその後「だが、寒いので大篝火を焚け」と連れてきた水戸同士に命じた。家を壊し、宿場の真ん中にその火は燃え上がった。
「あの、野郎…っ」
「トシ、よせ。悪いのは宿を取り忘れた私だ」
勇は、今にも刀を抜こうとする歳三を制し、勇は芹沢に詫びた。だが、芹沢一派の行動はこの後も彼らを悩ます事になる。
2月27日。
「何や、あれは」
「これから戦にでもなるんか?」
京、三条大橋を渡る数百名の浪士隊に、人々は奇異の目で見つめた。
勿論、御所でも話題になった。
「関東から、えろう人数の浪士が来たそうな」
「主上のおわし奉るこの都で、狼藉働く事はあってはならん事や」
「関東は、何考えてはるのや?のう、岩倉卿」
「そうやなぁ」
岩倉具視は、口元を軽く吊り上げただけでそれ以上云わなかった。
作品名:新撰組異聞__時代 【中編】 作家名:斑鳩青藍