新撰組異聞__時代 【中編】
3
年改まり、文久4年。
京には鬼が出ると、噂が流れた。
「あれは、鬼や」
「くわばらくわばら」
だんだら染めの浅黄色の羽織を見かけるたびに、人々は奇異の目でその影を追う。
今ではすっかり、顔を見るだけで悲鳴を上げられる。
「お前だけだな」
「何がどす?」
「俺を怖がらねぇ」
島原遊郭の花魁・東雲は、クスクス笑う。
「うちには、今まで通りの土方さんにしか見えまへんえ。変わらんと云ったのは、土方はんどすえ?うちもそう思ぅてます」
「芹沢をこの手で斬った。それだけじゃねぇ。仲間を何人か殺した」
「斬ったんどすか?」
「いや…。規律に背いたから切腹を命じた。士道不覚悟の理由でな」
「なら土方はんは、悪ぅおへん」
「愚痴るなんざ、俺も士道不覚悟かな」
自嘲気味な笑みを浮かべ、歳三は杯を口に運んだ。
火種は、未だ京から消えてはいない。未だ。
「桂さん」
小雪が舞う中、桂小五郎は男に声を掛けられた。
「久坂…?京にいたのか」
「長州は、未だやれますよ」
「帝を説得させると?だが、公武合体派寄りの帝をどう御説得致す?」
「いざとなれば、実力行使ですよ」
「久坂、慎重にと云っているだろう?新撰組に目をつけられるぞ」
「そういえば、さっき危うくすれ違いそうになりましたよ。ただ__」
「ただ、何だ?」
「真ん中にいた男、何処かで見たような気がしまして」
久坂が遭遇しかけた彼らは、だんだら染めの羽織を着ていた為、直ぐに新撰組と理解った。問題は、彼らを引き連れていた紋付きの、黒羽二重の羽織を着ていた男だ。
その紋は左三つ巴。
「___」
「桂さん?」
「いや、気の所為だろう」
___今度一緒に、酒呑もうぜ。
そう云った男の顔が、一瞬過ぎる。
「まさか、な」
狭いようで広いこの国に、同じ姓など一人とは限らない。
小五郎は、妙に“彼”に会いたくなった。
___土方さん、江戸には雪は降っているかい?
鉛色の空を見上げ、小五郎は目を細めた。
作品名:新撰組異聞__時代 【中編】 作家名:斑鳩青藍