とうめいの季節
04.幸福の空
雨がやんで霧が晴れていく。洗われた山々の木々が日に照らされて輝きいている。澄んだ空気を吸い込めば、体の中に息づく己の根にまで光が届くような気がした。
葉におちた雫が、静かに流れおちていく。その一つが地面に落ちて、ぱた、と音をたてる。そこにに小さな幼子が横たわっていた。
「・・・なんだこれは。我はどうしたのだ」
子は自分の手のひらをまじまじと見つめ、瞳を見開く。その無垢な瞳に、光が映り、世界が映りこんでいる。
「神末穂積、答えよ」
「わたしがおまえに、ヒトの身体と命を与えた」
この式神の願いを叶えるために。お役目である己がこの時代に生まれたのは、この式神にすべてを返すため。神末穂積はそれを悟っていた。
「わたしとともに、今一度ヒトの世で生きよ。主である、わたしの命である」
式神は、今一度この世に転生した。気が遠くなるほど永い時の果てに、運命を変えるそのために。
「・・・人間として、か。何のためにだ」
立ち上がった幼子の瞳を見つめ、穂積は今一度覚悟を決める。
「――償うために」
これは贖罪の始まり。この魂を、あるべき場所へ返すための。
「名も決めたのだ」
「名?式神に名など不要よ」
「いや、おまえの名は――」
終わりの季節へと向け、二人の上を時間が流れていく。
「・・・ふん、主の道楽に振り回されるは我の常か」
「そう言うな。さあおいで」
差し出す手を、式神が握る。温度の通わない、冷たい水と同じ手を。
この手を離すそのために。そのためだけに。二人は季節を静かに紡ぐ。
そこにある幾つものあらゆる感情は、嵐のように過ぎ去って、そして最後は雪に溶けていくことを、まだ二人は知らないけれど。
「美しいだろう、雨あがりの空は」
「・・・我にはわからぬ。空は空でしかなかろうが」
移り変わるその季節の美しさはそのまま、この式神の心のうちと同じ儚さでもって咲き続ける。
「美しいのだよ。わたしはそれを、おまえと見たい」
別れのその日まで。
「――瑞よ」
解き放たれるその瞬間まで。
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