正常な世界にて
しばらくして、救急車とパトカーがやってきた。野次馬もやってきたので、辺りは騒々しくなった。もはや私は、こういう状況に慣れっこだ……。
「君はここで何をしていたの?」
私は警官から聞き取りをされていた。めんどくさいけど、目撃者だからね。しかし、この警官は話下手だね。もう少しちゃんとした質問台詞があると思う。
「……えっと、家に帰っていたところなんです。この近くのマンションに住んでいるんです」
「一人で?」
「いえ、家族とです」
高校の制服を着ているんだから、普通わかるだろうに……。
「じゃあ、身分証を見せて?」
警官はそう言うと、右手を差し出す。
その横柄さに腹が立ち、私は生徒証ではなく精神障害者手帳を財布から取り出し、堂々と見せつけてやった。
するとその警官は、態度を急に軟化させた……。
「これは失礼しました! 聞き取りはこれでもう十分です!」
言葉遣いもすっかり急変している。とはいえ、これで解放されたわけだ。
「実は私も三級なんですよ。アスペルガーと統合失調症でね」
帰りがけの私に、その警官はそう言った。なるほど、障害者雇用の警官なんだね……。
「そ、そうなんですか」
拳銃につい目がいってしまう私。誤解されて撃たれるのは嫌だ……。
「あそこにいる三人もそうですよ」
警官は、死んだ親子を調べている警官たちを指差した。
彼らは、ゴミ袋を漁るカラスのように、二人の死体を乱暴に扱っている……。ついさっきまで調べていたキチガイ母娘のときは、丁寧に扱っていたはずなのにだ。
私はこのとき、この世界がとんでもない変貌を遂げつつあることを確信した。それと同時に、嬉しさや罪悪感などが複雑に混濁しきった心理状態に陥る……。
もはや当然のように、吐き気がこみ上げてきた。私はそれに苦しみつつ、家路に戻る。できることをやるしかないのだ……。