正常な世界にて
地下鉄を降り、駅から自宅マンションへ歩いている私。綺麗な夕焼けが、住宅街を歩く私に濃い影をつけてくれる。この夕焼け具合だと、明日は快晴だろうね。だけど、あまり暑くならないでほしい。
……道路の向こうから、大人と子供の二人組が走ってくる。母親と幼い息子さんらしい。二人のただならぬ表情から、面倒事に陥っていることはわかった……。
「今度は何?」
そう呟かずにはいられなかった。どうせまた私は、惨劇の目撃者となってしまうんだろう。
「た、助けて!!」
藁にもすがるよ的な感じで、母親が私に助けを求めてきた。手を引かれていた息子は、走り疲れと泣き疲れでクタクタな様子だ。
「な、何があったんですか?」
さすがに無視して通り過ぎるわけにはいかないから、とりあえず話を伺う私。お人好しだね。
「お、同じ、幼稚園の、人に、追われて、追われているの!」
息切れを起こしながらだけど、なんとか聞き取れた。
きっと、子供同士のトラブルが原因だろうね。私も子供だし、子供同士の喧嘩なんてよくあることだ。だけど、この親子の様子から、よくあることでは片付かない緊急事態だとわかる……。
キキィー!!
すぐ前方にある十字路の右角から、白いミニバンが現れて急停止した……。ホンダの『オデッセイ』だ。何度かどこかにぶつけたらしく、バンパーはひび割れだらけだった。
「逃げるなーーー!! 逃げるな―――!!」
車から、金属を引っ掻くような高い大声が聞こえてくる。運転席には、この母親と同い年ぐらいの女性が座っていた。そして、後部座席からは、彼女の娘らしき女の子が顔をのぞかせていた。口裂け女のような不気味な笑顔を浮かべている……。
あの二人も母親とその子供だろう。しかし、二人とも狂っているご様子だ。ここから一見しただけで、それは明白だった……。
「ひぃぃぃ!!」
どうやら、ここにいる親子は、あのキチガイ母娘から必死に逃げているようだ……。何があったのかは知らないけど、このままだと確実に、この親子は轢殺されてしまう。
とはいえ、私は超人じゃないし、ほぼ無関係の人間だ。巻き添えで死ぬのは正直嫌だった。
「話し合ってください!!」
車側の母親に呼びかける。できることをやるしかない。
「うるさいうるさい!! うるさいうるさい!!」
頭を激しく横に振る女性。交渉段階はとっくに乗り越えていたらしい……。