正常な世界にて
「……でも、どうしてそんなに安くなるの?」
お得な話には裏があるもの。
「どこかの役所が、公費で負担してくれるのよ。元々は、私たちが支払った税金というわけ」
「…………」
それを聞き、私は気が滅入ってきた。……税金。
自分が払わない分は税金で救済される仕組みに、私は罪悪感を覚えた。なんとなく自分が、ズルい人間にすら思えてしまう。小心者なだけかもしれないけど……。
「……森村さん、後ろめたく考える必要はないよ」
彼女はそう言ってくれたけど、なかなか割り切れない私。
「気が重い……」
私がそう言うと、彼女は私の手を握りしめ、立ち止まり向き合う……。
突然の行動に驚きながらも、私も立ち止まった。地下街の通路の真ん中に立つ私たち。行き交う人々が、ジャマそうに避けていく。
「いい? 森村さん?」
高山さんと、しっかり両目を合わせる私。彼女の大きな瞳は、とても綺麗だった。たいていの男は、彼女にこんな行動を取られた途端、その場でノックダウンだろうね……。
「ワタシたちは、税金という形で政府に投資をしているの。その配当を貰うというだけの話よ。確かに、他の人よりも少し多めに貰うことになるけど、得する人と損する人がいるのは、この世では当たり前のことじゃない」
そう説得してきた高山さん。強さを感じられる話し方だ。
「それもそうだね」
見事に説き伏せられてしまった私。でも、嫌な気分ではない。
どちらにしろ、私はこの割引制度を使うことになっていただろうから、その「理由」を見つけられてよかったのだ。もし、罪悪感に襲われても、彼女が今言ったことを使えば、心の中で正当化してしまえる。
「じゃあ、森村さん。これ以上遅くなると、親を心配させちゃうから早く帰ろう」
高山さんは両手を離すと、左腕の腕時計を指さす。
「あっ、ホントだ! もうこんな時間!」
もう日没後の時間だ。学校で自習していたことにすればいいが、怪しまれずにすむ時間ギリギリだ。
「乗換の駅まで、いっしょに帰ろう」
「うん、ありがとう。……私のために遅くなっちゃって」
誘ったのは彼女のほうだが、私のためにしてくれたことだ。今回のお礼に、コメダで今度奢ろうかな?
地下鉄の栄駅へ向かう私たち。金曜日のアフターファイブに入っているため、栄の地下街は大混雑だ。
電車の席、座れるかな? 一席だけだったら、彼女に絶対譲ろう。