正常な世界にて
そして、地下鉄栄駅に着いた。地下街同様、駅のホームも混雑している。帰宅途中のサラリーマンや大学生だらけだ。高校生もチラホラといたが、同じ高校ではなかった。クラスメートの誰かと会えば、マズい気がして仕方ない。
「高山さん、帰りの電車代を奢らせて?」
券売機を指差す私。今はせめて、電車代だけでも奢らせてほしかった。カード式乗車券『マナカ』には、けっこうな金額をチャージしてある。
「いいよ別に」
微笑みながら、顔を左右に振る彼女。
「でも……」
「『福祉特別乗車券』を使えば、地下鉄に無料で乗れるから」
「……んっ? なにそれ?」
「障害者手帳を取得すれば、いっしょに貰えるやつだよ。たぶん、森村さんも手帳を取得できると思うから貰えるよ。ただ、手帳の申請は、初診から半年が過ぎないとできないんだけどね」
私は、なんとありがたい話なのだろうかと思った……。高齢者用の乗り放題パスポートが有料なのにだ。
ただ、障害者手帳を取得しなくちゃいけないのは、世間体的には難関だろう……。
改札を通過する私たち。高山さんは、その福祉特別乗車券というカードを使っていた。
「同じ高校の子に見られたら嫌だから、普段は使っていないんだけどね」
この福祉特別乗車券は従来のように、改札機の中を通す必要があるのだ。これでは違和感ありまくりだね……。
地下鉄のホームにおりたとき、ちょうど電車が到着した。すでにホームには、乗る人の列ができており、私たちは最後尾に並ぶ。
ドアが開いた途端、電車は降りる客を吐き出す。これから乗る人たちの脇を通り過ぎていく。その中に偶然、同じ高校の子がおり、私は無意識に顔を逸らす。なにしろ、精神科帰りだからね……。
「…………」
だけど、彼女は堂々としていた。しっかりとした綺麗な立ち方だ。
……考えてみると、私たちがいるのは繁華街の駅なので、今ここにいても不自然ではない。うっかり者の私は、余計なミスをしてしまったというわけだ……。
「座れそうにないけど、もう乗っちゃお!」
「うん」
混みつつある電車に乗り込む私たち。
ドアが閉まる頃には、互い肩をくっつけ合うほどではないものの、車内はけっこう混雑していた。ホームの駅員による安全確認の後、私たちを乗せた電車は動き出す。