正常な世界にて
「チョ、チョット困るアルヨ! 満席アルネ!」
店の出入口で、あの中国人ウェイターが慌てていた。三人組の女性客が、満席にも関わらず、店内にドカドカ入ってきたのだ……。うるさそうなデブ女が一人と、暗いヤセ女が二人。三人とも、いかにもメンヘラ女という雰囲気を醸し出している……。しかも、ダサいファッションセンスだ。
ああいう厚かましい人は、よく見かけるものだ。「早くどきなさいよ!」とか言われたら面倒だから、これ以上見ないほうが賢明だね……。視線を前に戻す私。坂本君と高山さんとの楽しい会話を再開するのだ。
ところが、二人の視線は、私ではなく三人組のほうを向いたままだ。二人とも顔が強張っている……。どうしても気になり、私の視線は元に戻す。
「どきなどきな!」
「アイヤ〜!」
リーダー格のデブ女に弾き飛ばされ、床に倒れる中国人ウェイター……。警察沙汰レベルの迷惑客を見たのは初めてなので、私の目は釘付けになってしまう。私の野次馬根性は健在らしい。
だけどその三人組が、ドカドカと私たちの席に向かってくると、その根性は息をぐっと潜めた。視線を急いで前に戻したのは言うまでもない。
……幸いなことに、三人組の女性は、私たちの席の横を通り過ぎる。私たちの席を奪うつもりではないらしい。でも、これから何か大変なことが起きると、私は確信した。なにせ三人とも、小声でブツブツと何か呟いている人間なんだからね……。
どうも私の身近では、惨劇が起こりやすいらしい。どうせ、あの嫌われおじさんが、この三人組に殺されるんだろうね……。
「……な、何か用かい?」
狼狽える嫌われおじさん。彼の目の前には、殺気立つ三人組が突っ立っている。デブ女は示し合わせたように、パンパン状態のズボンのポケットから、文化包丁を抜き出した……。なんとも危ない運び方だね。
「うぐっ!」
デブ女にいきなり右肩を刺され、嫌われおじさんは席から崩れ落ちる。文化包丁の刃先から飛び散った鮮血が、彼のノートパソコンの画面を赤く汚した。
彼は激痛を堪えつつ、這って逃げようとする。しかし、すぐにヤセ女二人に捕まり、無理やり立たされる。その拍子に散った血しぶきが、就活中の女子大生の顔にかかる。これは化粧のやり直しが必要だね。
「ふんっふんっ!!」
デブ女はいきり立ちながら、短距離走のような構えをする。どうやら、嫌われおじさんの背中に思い切り体当たりを喰らわせるようだね。