正常な世界にて
「一番奥の柱近くにいるおっさんのことさ。アイツ、あの『外海』という嫌な医者なんだぜ?」
「誰それ?」
「え? 知らないのかよ? 一応医者のくせに、精神医学を否定している変なヤツさ」
彼の苦々しい表情から、あの外海というおじさんが、精神科を受診している私たちから嫌われている人だというのがわかった。
「『医学無用論』とかいうインチキ本まで出しているんだぜ? アレを読むぐらいなら、元少年Aが書いた本を読まされるほうがマシだな」
よほど嫌われているおじさんなんだね……。とはいえ、そんな人を私も好きになれないな。
その嫌われおじさんは、二人席に座り、机のノートパソコンを操作している。誰かと待ち合わせしているのか、ときどき店外のほうを眺めていた。
「家に伝えなくちゃいけないことが思い出したから、ちょっと席外すね?」
高山さんはカバンからスマホを取り出すと、店外へと向かう。門限があるなら、別の日に喫茶店へ誘えばよかったかな……。
「……ひょっとすると、アイツも殺されるかもな?」
ヘラヘラ笑いながら、不吉なことを言う坂本君……。心配になり、周囲を見回したが、幸いなことに頭がおかしそうな人はいない。
「だけどさ。ボクらからすると、アイツみたいな連中は死んでくれたほうがせいせいするじゃん?」
「……い、いくらなんでもそこまでは」
そんな乱暴なやり方では、暮らしやすい世の中にはならないよ。だけど私もときどき、それは綺麗事に過ぎないんじゃないかと思ってしまう……。
「アイスコーヒー三つアルヨ!」
中国人ウェイターが、テーブルにドカドカとグラスを置いていく。あと少しでこぼれそうな勢いだ……。
連絡を終えた高山さんがちょうど帰ってきたので、私たちは大人っぽく乾杯をしてから、アイスコーヒーを口へ運ぶ。
それから私たちは、高校や障害のこととかで、話に花を咲かせた。障害への理解力が乏しい人への愚痴話は、ヒートアップする勢いで盛り上がる。ただし、周囲にどうカミングアウトしていくかについては、話が盛り下がることとなった。今後の人間関係に関わるデリケートな話だからね……。ほとんどの当事者が悩む、避けては通れない話題なのだ。