正常な世界にて
「嫌だろうけど、高山から離れたほうがいい。少なくとも、あの仕事は辞めろ」
そんなことを言い出したI……。なんとも簡単に言ってくれるね。まるで親みたいな態度だ。
「精神病質、つまりサイコなだけでもやっかいなのに、高山は美人で話し上手だ。ぶっちゃけ、いつ殺されてもおかしくないんだよ、おまえら?」
ただのからかいに決まってる! この人はきっと、頭が猛烈におかしいせいで、高山さんのことをこんなに悪く言うのだ! 健闘中の坂本君を放置してでも、この人から早く離れないと!
「安心しろって。オレはキチガイじゃない。おまえや坂本と同じ発達障害者なんだよ。しかも、まだまともである証の三級だ」
精神障害者手帳を、目の前に突きつけるI。坂本君が持っていた物と同じだから、まず本物だろう。
「えっと、ADHDなんですか?」
「それプラスでアスペルガーもある。たぶん、あの坂本もそれっぽいな」
ええ、そうなんだ。でも坂本君は、ADHDであることしか言っていなかったな……。
「それより、高山はマジで危ないから気をつけろ。けっこう上のほうにいる人間だから」
「……上のほうってどういうこと?」
実は高山さんは、どこかのお偉いさんということなのだろうか? まだ高校生なのに?
「信じないかもしれないけど、この世界を全然違う感じに変えようとしている連中がいるんだよ。高山は、そこの中の下らへんにいるらしい」
「……世界を……全然違う……感じに? 中の上らへん?」
頭がすっかり混乱してきた。まさか、ここまでカオスな話を聞かされるとは思ってもみなかった。もしIが冗談を言っているのだとしたら、ただじゃおかない。
「これ以上詳しく話しても、意味がわからないだろうからやめとく。とにかくオレが伝えたいのは、高山とあの仕事場はヤバい。忠告はしたからな?」
Iはそう言うと、席から立ち上がり、坂本君とパワー系男のほうへ向かう。あの二人はまだ熱いファイトを繰り広げている。巻き添えを喰らった中年会社員が、床に倒れていた……。
「信子さんや。お昼はまだですかの?」
そして、あのおじいさんは、まるで家にいるかのごとく、床にちょこんと正座していた……。