正常な世界にて
「今のうちに大事な話をする」
Iはそう言うなり、私の隣りに座る。言うまでもなく、坂本君が座っていた席だ。坂本君は彼に、見事乗せられてしまったらしい……。
「まず、あそこの仕事について教えるから」
「やっぱり、ただの封筒じゃなかったんですね」
「そういうこと。内容はまだ覚えてる?」
「確か、障害関係のものでした」
「オレが書いたものを入力していて、何か違和感なかった?」
そう聞かれたので、とりあえず思い出してみる私。
「……そういえば、変な改行だらけでしたね。そのせいで空きスペースが」
「今度、縦読みか斜め読みをしてみ、一応文になってるから」
「えっ?」
まさか、そんなのが含まれているとは思っていなかったので、私はつい驚いてしまう……。今度確認してみないと。
「送り先への煽り文句になってるんだ。それも特定の奴の名前を騙ってな」
「特定? どういうこと?」
「君が目撃した一件が、まさにそういうことなの。送り先の統合失調症患者が、うるさいおっさんを殺したろ? あれはつまり、患者におっさんをこっそり殺させたというわけだから」
「……まさか、いくらなんでもそんなこと!」
声の勢いが強くなってしまう。Iが口の前で人差し指を立てた。できるだけ落ち着かないと、できるだけ……。
「縦読みという形とかで、コッソリ煽ってやれば、疑心暗鬼な連中は意気揚々と殺意に目覚めてくれるさ。まあ、確実な方法じゃないことは、高山も認めているけど」
覚悟はしていたけど、高山さんは関係者なんだ……。彼女との信頼関係に、大きなヒビが入る。
「君と坂本は、高山と仲がいいみたいだけど、嫌な目に遭わされたりしてないか? 嘘をつかれたりとか」
「そ、そんなことはされてません! ……でも、変なときに笑っていたことはあります」
言わざるをえない。この「変なとき」とは、木橋が転落死したときのことだ。彼女の不気味な笑顔は、まだ記憶に残っている……。
「それなら、これからはよく気をつけてろよ」
でも、彼女にも何か事情があったに違いない。私や坂本君を、自分の問題に巻き込みたくないとかで……。きっとそうだ!